このように、toioは単なるおもちゃの枠を超えて、さまざまなこだわりを詰め込んだ、ある意味でソニーらしい製品だ。一方で、「ソニー製」を掲げる商品としてはかなり特異な存在であり、SAPという仕組みがあるからこそ世に放たれた商品と言える。
SAPとしては、toio以外に電子ペーパーを利用した学習リモコン「HUIS REMOTE CONTROLLER」や、バンド部分にスマートウォッチの機構を内蔵させた「wena wrist」など、特徴的な製品が登場しているが、これが「SAPならではの魅力」と田中氏は指摘する。
SAPでは、同じ考えを持つ比較的小さなチームが一丸となって取り組むため、これまでにない特徴的な製品が生み出されやすい環境が整えられている。
SAPのプロジェクトでは、企画から開発、営業まで、一気通貫でプロジェクトリーダーを始めとするチームが担うことになる。起業家精神を養い、ビジネスに対する見識を深めるための研修プログラムなども用意されており、「『ビジネスとは何か』『顧客価値とは何か』『自分は何を顧客に提供したいのか』といったことを深く考えさせられた」(田中氏)。
社外パートナーとの取り組みや、実際に触ってもらった人からのフィードバックに触れつつ製品を研ぎ澄ませていく過程、以前は関わる機会のほとんどなかった営業などのビジネスに関する業務への取り組みは、ソニーという大企業における分業制が確立する中で、SAPが果たす大きな意義だと田中氏は強調する。
SAPがソニー社内を活性化
さらにSAPは、新規事業創出部の枠にとどまらない効果を生んでいると田中氏は指摘する。「担当部署の垣根を超えて何かに取り組むことがもともとなかったわけではない。ただ、開発者がさまざまなディスカッションを行うケースが増え、日常的に行われるようになった実感はあるし、大きな刺激になっている」(田中氏)。
そうした波及効果が認められることもあり、SAPへの理解度が社内でも非常に高いという。SAPに応募する開発精神旺盛な開発者は、それまでに携わっているプロジェクトでも重要な立場を担っている場合が少なくない。ただ、プログラム採択後は、1週間のうち1日はプログラムに携わるケースもあり、支障なくSAPに取り組めるようになっているようだ(オーディション次第では最初からフルタイムで新規事業創出部へ異動するケースもある)。
ソニーには、以前から変わることなく、新しいことへの取り組みに寛容な企業文化がある。他が真似のできないイノベイティブな製品が多数登場してきたのも、そのおかげだ。そういった意味では、ソニーにとってSAPという仕組みは必ずしも必要ではないのかもしれない。
一方で、大企業として縦割り組織に陥り、イノベーションを起こしづらいジレンマもあった。それを乗り越えるため、SAPのような仕組みを用意するということそのものが、ある意味で「ソニーらしさ」を体現した事象と言える。
田中氏自身は、「おもちゃ」という分野に強い思い入れがあるわけではなかった。既存のおもちゃとテクノロジーを組み合わせることで、これまでとは異なる楽しさが生まれる。「それによって、子供たちに新しい遊びを提供したかった」というのがtoio開発の最大の理由だそうだ。事実、おもちゃ業界に食い込みたいという考えは持っておらず、開発協力としてレゴとパートナーになるなど、オープンに協創する姿勢を見せている。
社内に開かれたプログラムを通して、社会とも協創する製品作り。その過程で新たなイノベーション創出へと繋がることが、ソニー、そして田中氏の考える理想の姿と言える。私たちユーザーにとっても、新たな価値を体験できるようになるという意味で、SAPは見逃せない存在になりつつある。