ではフルMVNOになるメリットとはどういったものか。
実はユーザーにとって一番気になる「通信速度が速くなる」「安くなる」といったことは一切ない (強いて言えばSIMカードは安くなるかもしれないが)。最も大きな点は、MVNOが自らSIMカードを発行できるようになるため、eSIMやソフトSIMといった最新技術を採用しやすくなり、たとえば1つのSIMに海外と日本国内の2つの番号を登録するといった独自の付加価値をつけて売りやすくなる。これはIoTやM2Mといった、主にビジネス・産業分野において特に有効になる変化だ。
ちなみに、現在eSIMを搭載しているコンシューマ向け機器としては「Apple Watch Series 3」があるが、佐々木氏によれば、アップルとの契約等クリアしなければならない問題が多いため、フルMVNOになってもApple WatchのMVNOでの運用は不可能だろうとしている。今後、オープンなeSIM RSP(Remote SIM Provisioning:リモートでのSIM内容書き換え)標準に則ったeSIM搭載のウェアラブル端末やスマートフォンが登場すれば、IIJのフルMVNOで対応できるだろうという予想も明らかにした。
ビジネス面においては、IIJがフルMVNO化すると同時に、IIJのHLR/HSSをNTTドコモのネットワークに直接接続する合意を得ており、国内向けのデータ通信を低価格なMVNO向けの接続料金で利用できるのが特徴だという。仮に他のMVNOがフルMVNO化したとしても、この部分で同意が得られなければ国内向けのデータ通信にも海外MNOのローミング接続を介する必要があり、割高になるというのが佐々木氏の説明だ。IIJとドコモの契約が排他的なものかどうかはわからないが、言葉の裏を読むと、現状ではほぼ独占的な契約にこぎつけたのではないだろうか。そのような自信が感じられた。
IIJのフルMVNOは当面産業界などビジネス向けの展開ということで、一般ユーザーが海外旅行向けのSIMなど、フルMVNOならではのメリットを享受できるようになるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。とはいえ、現在競争過多とも言える状況にあるMVNO業界において、IIJが他社にはない自由度という大きな武器を手に入れたことは間違いない。フルMVNO化は設備面での投資に加え、MNOとの契約にこぎつけるのもかなりの難関といった様子だが、果たしてこれに続くところは出てくるのだろうか。MVNO業界全体のターニングポイントとして注目したい。