研究者が持ち込んできたトラックポイント
――ThinkPadというとやはりトラックポイントも特徴の1つですが、ThinkPadを構想していた段階で、すでにこうしたものを付けることを考えていたのでしょうか?
内藤:ThinkPadを開発していたとき、他社もノート型PCに取り組んでいて、やはりマウスに代わる新しいポインティングデバイスを模索していました。当時は、部品メーカーなどもいろいろなポインティングデバイスを開発していましたね。
その中で、比較的操作性が良かったのがトラックボールだったのですが"ボールの大きさよりも本体を薄くできない"という構造上の問題がありました。かといってボールを小さくすると、操作性が悪くなってしまうため、採用にはいたりませんでした。
そんなときに、IBMのアルマデンリサーチ(注2)にいたテッド・シェルカー(注3)という研究者が「ぜひ使って欲しい」とアメリカから持ってきたのがトラックポイントの原型です。
※注2:Almaden Research Center:米国カルフォルニア州サンノゼ市にあるIBMの研究所。現在はIBM Research - Almaden
※注3:Ted Selker(Edwin Joseph Selker)氏、IBMのAlmaden Research CenterでUser Systems Ergonomics Research labを発足させ、トラックポイントを考案
トラックポイントというのは、実際には動かず、加えられた力による歪みを測定しているのですが、周囲のゴムキャップが変形して、ユーザーにはトラックポイント自体が動いているように感じられます。ゴムの感触で、使った印象が大きく違ってしまうため、さまざまなものを試しました。
当時は、飛行機にナイフを持ち込むことができたので、彼らは日本に来る飛行機の中で、20種類ぐらいの「ゴム」を切って、試作品を作ってきました。その中で一番感触がよかったのが、実はローラースケートの車輪に使われていたゴムだったのです。
トラックポイントの開発でも重要だったのは、制御のアルゴリズムでした。押し始めたときには加速度を付けて速く動くようにして、力が緩んだら、目標の場所に近付いたということになるので、逆の加速度をつけてゆっくり動くようにするといった制御ができないと、使いやすいものにならないのです。このアルゴリズムは、ニューヨークにあるIBM研究所で作られたものでした。
――ThinkPadでは、最初からトラックポイントを採用すると決めていたわけではなく、開発中にタイミング良く、研究していた成果が入ったということでしょうか?
内藤:そうですね。もっとも、シェルカーは、ThinkPad向けにと考えていたわけではなく、モバイルコンピュータ用のポインティングデバイスということで研究をしていたのですが。
――他社のPCでも、トラックポイントに似たものがありますが、特許として引っかからないのでしょうか?
内藤:他社の製品の中には、トラックポイントそのものを我々から購入しているものがあります。特許自体がまだ有効かどうか、確認しているわけではないのですが、トラックポイントの特許は、GHBの3つのキーに囲まれたところにあるというのと、加速度の制御アルゴリズムが重要だと記憶しています。
タッチやペンはこれから搭載必須の方向へ
――タッチやペンといった入力デバイスについてはどうでしょう?
内藤:以前は、タッチ操作はクラムシェルに不要と思っていたこともあったのですが、私自身がいまThinkPad X1 Yogaを使っていて、タッチで操作しています。やはりタッチに慣れてしまうと、タッチのないマシンを使ったときに、指で画面をスクロールさせようとして「あれっ」と思うことがあります。いまは、すべてのマシンにペンやタッチは装備されていませんが、将来的には、すべてのマシンでタッチやペンが使えるようになるのではと思っています。
――そうなると、ノートPCの形状にも影響があるのではないでしょうか? 例えばペンを使おうとすると、X1 Yogaのように360度までディスプレイが回転するまでいかなくても、少なくとも180度まで開かないと使いにくいとか、あるいはキーボード部が取り外せるようになっていなければならないとか。
内藤:もちろんそういう影響は出てくるでしょう。ThinkPadは、ペンが使えるかどうかにかかわらず180度開くようになっています。私は、朝ベットで横になりながらメールを読むのにタブレットを使っているのですが、軽いスレート(タブレット)を使いたくなるような用途は確実にあるわけです。
通常のクラムシェルだと使いにくい場面もあります。キーボードをはずして軽くして使うという方法もありますが、本来的には、外す必要がないぐらい本体が軽くなるべきだと考えているので、「薄くする」「軽くする」という方向は、これからも追求していくべきテーマだと考えています。
タブレットに変形する2in1でも、十分軽くて重さが気にならないようになる可能性もあるでしょう。ただ、そのときになったとしても、キーボードを外すともっと軽くなる可能性があるわけで、悩ましい部分です。