――「映画監督になること」が目的ではない。

「映画監督になりたい」ではないと思います。もちろん、作りたい気持ちはあるし、やってみたい気持ちはある。もともとは観るのが好き。でも自分が観てみたい作品がまだ作られていないから、作るしかない。今までの映像やそれ以前も、そういう発想で物作りをしてきたんです。誰かが代わりに作ってくれるんだったら、それでいいと思います。

――働く場所はどこでもいい? CM、映画、ドラマ。

何でもいいんだと思います。自分がやりたいことがあって、それを求めてくれる人がいて。「こういうものが観たい」と思うジャンルに携われていれば、それでいい。今それができるのが映画なんじゃないかと。それから、1つのことを突き詰めてやるというよりも、いろいろなところに足を置く方が自分としてはいいのかなと思います。

――ちょっと抽象的な質問になるのですが、働く上での喜びって何ですか?

人を描きたいとか、携わるものの何かを描ければいいとか、大きいところでいえばそうなんですけど、それでお金が動くことが大事。だから、私は自主映画は撮らなかったと思うんです。

CMを撮っていると、「人を描くことが好きなんですね」と言われますし、「映画をやらないんですか」とも言われてきました。だからといって、自分でお金をはたいて、誰が観るか分からないショートムービーを作るの気持ちにはならなかった。

それよりも、自分のアイデアに誰か乗っかってくれて出資してくれる、そういう流れの方が社会と関わって動かしている気がするんです。そうやって自分が消費されているのが好きなんだと思います(笑)。商材です(笑)。

だいたいのことはなんとかなる!

――さきほど広告業界の話がありましたが、CMは制約だらけで表現の幅も狭いのでは?

関わる人が多い分、いろいろな人がいろいろなことを言うのが広告です。「すごく困ったことを言われた」「クオリティーが下がってしまうかもしれない」みたいな懸念を抱く方が多いんですが、それを好転させるのが監督のポジション。アイデアを出す訓練にはすごくなっていると思います。

どんなに最悪なことや理不尽なことがあっても、それを乗り越えられるアイデアを出すことで、意外と安泰だと思っていた当初のプランよりも良くなることもあるし、これはこれで良かったなと思える時もある。アイデアを出していく喜びみたいな。

守りに入ることはマイナスなことばかりじゃなくて、そこからなんとか形にするのはむしろチャンス。そう思うと……ちょっとかっこいいじゃないですか(笑)。時々、びっくりすることありますよね? 大人って本当に理不尽!みたいな。そんなこといっぱいあるけど、私は揉まれまくっているので。だいたいのことはなんとかなる!

――なんだか励まされます(笑)。これからの映画作りにも役立ちそうですね。

そうですね。結構ひどいことも経験してきたので(笑)。だいたいのことは受け流せます。「やられたらやり返す」精神です。

今しか描けないもの

――『ブルーアワー(仮)』の主人公は、田舎育ちにコンプレックスを抱いた33歳。自分も地方出身なのですが、確かに上京したての頃はコンプレックスがありました。でも、年齢と共に薄れて、今では無くなってしまいました。

脚本を書くタイミングで一番抱いていた感情でしたが、このコンペに出すと決めている時と今では、やっぱりちょっと変化しています。実制作に入って詰めていくとまた変化するかもしれません。でも、この感情の微妙なゆらぎは、私が40歳になったらできないことなのかなと。今しか描けないもの。キャストもそうなんですが、それが濃く出るといいなと思います。

――誰を主役に据えるかは決まっているんですか。

あの人が出てくれたら、みんな観たくなるんじゃないかぁと思っている人はいるんですけど、出てくれるかは分からない(笑)。

――のんちゃんしかいないんじゃないですか?

そうですね(笑)。映像作品は全てそうなのかもしれないですけど、「出ている人」がすべて。対「作品」、対「監督」、対「お客さん」に対して、どういう思いでそこに立っているのか。役者さんとの信頼関係というか、私は出てくださる人に対して、基本的にすべてを認めてあげたい。だからこそ、その人のことを好きになる。嫌いなところもあると思うけど、それも含めて好きになる。きっと、作品にも表れるような気がして。キャストのことを大事に思って作っている。それが伝わるような作品にしたいです。

――役者さんとどうやって信頼関係を築いていくつもりですか。

撮影期間中に何かをやるというよりも、脚本もその人に合わせて書き直していきます。その人がどういういきさつで今に至っていて、何が好きで何が嫌なのか。話し合って、一緒に作り上げていきたいです。

CM炎上の矛先は?

――前田敦子さん、トリンドル玲奈さん、木村文乃さん。これまで、CMで数多くの女優を演出してこられましたが、そのあたりの経験は映画作りでもいかせるとお考えですか?

CMの撮影は全然時間がなくて、現場で「初めまして」で、その日に「さようなら」なんてざらにあって。「女優の内面を引き出していますね」なんて褒めてくださる方もいますが、そんなの短時間でできるわけない(笑)!

私すごくウザいんですよ。他の人はあまりやらないみたいなんですが、CMに出てくださる方に手紙を書くんです。自己紹介とお願いした理由、やりたいことなどを書いてお渡しします。事前に読んでもらえると、お会いした時のやりとりもスムーズです。手紙を読まない人は、それはそれで「そういう人なんだ」というのが分かる(笑)。瞬発的にコミュニケーションを取るタイプの方もいらっしゃいますからね。

CMって目にすることが多い映像なのに、そんなに簡単に撮っちゃっていいの? と思ってしまいます。多くの人は「撮れればいい」となりがちですけど、最近、炎上問題も多いじゃないですか? リスクを背負うのはクライアントや出ている人なんですよね。私なんかはバッシングの対象にならず、クライアントさん、そして演者さんがディスられる。「作ったのは誰なのか」で追い込まれることもない。それっておかしいと思いませんか? だからこそ、本人にも納得してやってもらいたいという思いがあります。

――映画では、CMよりも関わる日数が増えますね。手紙も書き放題です(笑)。

本当ですね(笑)。本気でウザいと言われるかもしれません。

■プロフィール
箱田優子(はこた・ゆうこ)
1982年2月9日生まれ。茨城県出身。2005年、東京芸術大学美術学部絵画科を卒業。同年、葵プロモーション(現AOI Pro.)に入社。博報堂クリエイティブ・ヴォックスの出向を経て、2014年にAOI Pro.を退社。CluB_A所属となる。これまで、ジンコーポレーション・ミュゼプラチナム(トリンドル玲奈)、チョーヤ梅酒・さらりとした梅酒(大島優子)、パピレス・Renta!(麻生久美子)、森永乳業・MOW(木村文乃)、ハウスウェルネスフーズ・C1000(本田翼)、マイナビ・マイナビ転職(前田敦子)など、CMを手掛けた。