振り返ると、開発者サポート重視以外にも、様々な点においてAppleの姿勢が明確になった基調講演だった。
まず、機械学習とAIに対する踊らない姿勢だ。機械学習やAIはIT産業の枠を超えてトレンド化しており、MicrosoftやGoogleは今年春に開催した開発者カンファレンスでAIの取り組みを大々的にアピールしていた。だから、WWDCも今年は「SiriのWWDC」になると予想する声が少なくなかった。ところが、Siriは6つのテーマの1つに含まれていなかった。
機械学習やAIはAppleの製品ではなく、最高の体験をユーザーに提供するための技術やツールに過ぎないというのがAppleの姿勢である。だから、機械学習やAIの取り組みだけを大げさにアピールすることはしない。だからといって、AppleがAIをあきらめているわけでも、軽んじているわけでもない。Apple WatchのSiriウォッチフェイスのインテリジェントな情報表示、Webのトラッキングからのユーザーの保護、Apple Pencilの快適な書き心地、ユーザーが求めるアプリの提案や文字入力候補の表示など、Appleの製品やサービスの様々なところに実用的な形で機械学習やAIは活かされている。そして、そうした機能は少しずつアプリ開発者にも開放されている。
Apple Musicのライブラリには200万以上のアーティストによる4,000万以上の楽曲、そして数万規模のプレイリストが存在する。それらをユーザーがどのように効率的に、そして快適に楽しめるようにするか。HomePodはApple Musicを楽しむためのMusicologist (音楽専門家)としてデザインされた |
HomePodもSiriが裏方で活かされている例の1つと言えるだろう。米国でヒットしているAmazonのスマートスピーカー「Echo」に対抗する製品になるが、Googleが「Google Home」で「Amazon Alexa対Google Assistant」のAI勝負を仕掛けたのとは違って、AppleはリビングルームでApple Musicを存分に楽しめるホームミュージック・デバイスとしてHomePodをデザインした。リビングルームに置くスピーカーにユーザーが何を求めるかを考えた結果だろう。Apple Music向けにチューニングされた優れたオーディオ品質がセールスポイントである。
もちろん、アラームを設定したり、ニュースを聞いたり、照明を消すといった様々なアシスタントも頼める。だが、リビングルームで音楽を楽しむデバイスで最も必要とされるのは、4,000万曲を超える巨大な音楽ライブラリを効率的にブラウズする方法だ。ユーザーの普段のApple Musicの利用を知っているSiriは、それを手助けしてくれる。音楽ファースト、Siriは控えめに快適な音楽ライフをアシストする。Appleらしいスマートスピーカーである。
そしてもう1つ、これまで沈黙を保っていたAppleがVRとARに真剣に取り組んでいることを示した。MacでVRに対応し、iOSでARサポートに踏み出した。
とはいえ、PCゲーマーがMacを購入しないのと同じ理由で、現状においてVRを楽しむためにMacを買おうという人は少ないと思う。Appleが視野に入れているのは、VRが広く一般に普及し、ゲーム以外にも様々なソリューションに活かされる将来である。VRやARを楽しむには高性能なデバイスを揃える必要があり、また高品質なコンテンツの作成にはコストがかかる。ハードウェアとソフトウェア、OSが統合的に開発された高性能なモバイルデバイスであるiOSデバイスは、すぐにでもARで要求される高度な環境に応えられる。ARプラットフォーム「ARKit」の発表で、AppleはiOSプラットフォームによってARKitが一夜で「世界最大のARプラットフォームになる」とアピールしていた。加えて、iOSデバイスのユーザーは有料アプリや有料コンテンツを試すのに積極的である。
ARやVRでAppleは後発ではあるが、ARやVRの次のフェーズを見据えたクリエイターやアプリ開発者にAppleのプラットフォームは魅力的に映るだろう。いずれAppleがARやVRのデバイスを手がけるという未来も想像できる。もちろんAppleが提供するなら、今日のARデバイスやVRデバイスに対するユーザーの不満を解消し、ユーザーの暮らしを変えるような体験に技術を活かしたものになるだろう。