さて、この片丘地区のヴィンヤード開園により、メルシャンは長野県におけるブドウ生産能力の向上を目指す。同社が長野県に展開するおもなヴィンヤードは、1976年からブドウの植栽を始めた桔梗ヶ原(キキョウガハラ)、2003年に上田市丸子地区に拓かれた椀子(マリコ)などがある。片丘地区はこれらに続く、“信州”でのメルシャン管理ヴィンヤードということになる。

では、農園を増やしワイン用ブドウの生産力を上げるねらいは何か。もちろん、不足している国内のワイン用ブドウの生産を補うのが主目的だ。ただ、代野社長は「品質の高い日本ワインの生産力をアップし、海外輸出に大々的にうって出たい」と、その野望を隠さない。つまり、将来の本格海外進出をにらんだ“投資”ということだ。

一方、この植樹式に参加したシャトー・メルシャン 工場長 ゼネラル・マネージャー 松尾弘則氏は、「まず片丘地区では、欧州系黒ブドウ品種『メルロー』を植栽し、いずれはほかの品種にも広げていく。数年後には収穫しカタチにしたい」と話す。

なるほど、まずは実績のあるメルローからか。というのも、前出のヴィンヤード産のブドウで醸造された「桔梗ヶ原メルロー」は、数々の国際コンクールで金賞に輝いたワイン。新しい農園では、得意なところから始めたいということだろう。

シャトー・メルシャン 工場長 ゼネラル・マネージャー 松尾弘則氏。右は欧州系ブドウ「メルロー」の苗木

では、収穫時期についてはどうか。ご存じのとおり、日本は屈指の台風上陸国だ。近年は、台風の規模が大きくなり、上陸の回数も増えている。場合によっては、新ヴィンヤードで育成中のブドウ樹がダメージを負うことも考えられる。何しろ自然が相手だ。予想外の理由で収穫が遅れることも考えられ、ひょっとしたら“10年以上”の歳月が必要になるかもしれない。

まさにワインが主要産業の塩尻市

さて、植樹式には小口利幸 塩尻市長も参加した。市長によると、塩尻市には10のワイナリーが存在し、さらに3つのワイナリーが準備中だという。まさにワイン産業でなりたっている自治体といえる。今回、メルシャンが新ヴィンヤードを検討していた際、ほかの自治体の地区が候補になっていたそうだが、その計画は頓挫したそうだ。それを知った塩尻市が同社を誘致し、今回の開園に結実した。

塩尻市にはワイン産業の発展による雇用創出・税収増加以外にもメリットが生じる。それはキリングループのCSVにある。同社は「健康」「地域社会」「環境」をCSVのテーマにしており、傘下のメルシャンでもそうした課題に取り組んでいる。ユニークだなと感じたのは、そのうちの環境。椀子の農園では、動植物や土といった生態系について、調査したそうだ。結果、レッドリストに掲載されるような貴重な植物や昆虫が確認できたという。

「片丘の新ヴィンヤードでも、貴重な生態系が育つように営農したい。そして“里山”の魅力が後世に伝われば」(松尾氏)とする。