欧州需要を意識したエティハド
まず、今回の成田=アブダビ線の夕方便への変更は、営業戦略に少なからず変化をもたらすことが考えられる。
従来の成田=アブダビ線では、アブダビ着が4~5時前後であった。そうなると、8~9時の同社のアブダビ以遠路線への接続時間帯(バンク)まで、長時間待たされるという状況だった。今回、夕方便に変更することでアブダビ着を0時前後とし、深夜2~3時にある欧州向けバンクに当てることとしたようだ。これにより、主力のパリやロンドン等の欧州各地に到着するのが7~8時となり、ツアー設定側としては非常に使いやすい時間帯となるため、観光需要における競争力の強化が期待される。
他方、デメリットもある。アブダビからサウジアラビア等の中東各国への乗り継ぎは、深夜~明け方から8時台のバンクまで7~8時間待ちとなるなど、工業プラントを始めとする日本企業の中東ビジネス需要への適合が非常に難しくなる。つまり、法人営業におけるカタールやエミレーツとの競争力は、大きく低下することになる。
エティハドは今回、欧州市場をにらみ、運航の時間帯設定においてエミレーツやカタールと往復ともに異なる時間帯を選択したわけだ。もともと欧州ビジネス需要で中東勢が競争力に乏しい中で、今後、B787のビジネスクラスをどうやって埋めていくのかという課題はあるだろう。また、名古屋では主力となりつつあったブラジル線(以遠となるアブダビ=サンパウロ線)の撤退が、今後、中部=アブダビ線の維持にどのような影響をもたらすのか。これからの日本での営業戦略の推移を注視したい。
日本=欧州路線、勝負の行方は
最後に、今後予想される中東関連の課題を整理してみたい。
そもそも中東エアラインの戦略において、日本と他の東南アジア各国ではネットワーク戦略の性格が若干異なる。自国の需要が20%に満たない中東の航空会社が拡大・成長するには、「自国ハブを挟む両側の第三国間のO&D(origin and destination)需要をターゲットとしたネットワークキャリア」として成功することが生命線である。
欧州=東南アジア間の市場において航空機での所要時間を見ると、シンガポール、バンコク、香港から欧州主要空港への直行便が13時間前後であるのに対し、中東経由便はうまくバンクに当てれば15~17時間で収まる。乗り継ぎに要する2~4時間の差しかないため、価格・時間帯そして品質において、一定の競争力を持つ商品となり得る。
しかし、日本と欧州間の市場を見ると、モスクワ上空通過の大圏空路と中東経由とでは、10~12時間と本来は競争にならないくらい所要時間が違う。そこで座席を埋めるには、パリやロンドンという直行便大都市圏では劇的な価格勝負になる。また、スペインやイタリアなど、ロンドン・パリ・北欧経由でも乗り継ぎ便になるような行き先では所要時間の差が縮み、価格勝負の過熱もやや縮まるが、中東経由の価格を大きく上げるわけにいかない。
日本のインターネット旅行比較サイトで安いヨーロッパのツアーを見つけて購入してみたら、22時間もかかる中東経由だった、という経験をした人も少なくないだろう。一度は中東の空港に行ってみるのもいいかということで、これまで旅客に受け入れられている面もあるかもしれないが、今後の欧州側の価格戦略によっては、観光需要の争奪戦では中東勢に厳しい局面が訪れる可能性も否定できないだろう。
「成田縛り」はどう変わるか
このような環境下、羽田における「成田縛り」(羽田線を運航する場合、成田線からの移行は認められない)が米国キャリアへの対応で実質形骸化しつつあることで、カタールの成田線が今後どうなるのか(乗り継ぎ利便上も羽田への集約が最も効率的)。UAE以外の国で関空や中部における「成田縛り」(成田に就航するなら関空か中部に就航すること)が実質的に失効する中で、ブラジル撤退で路線収支悪化が懸念されるエティハドの名古屋線が存続されるのか。デリケートな問題もある。
他方、エミレーツに死角がないのか。ここまで広く世界にまたがるネットワークを構築した以上、グローバルな世界経済の減速が同社の経営に及ぼす影響は、新興国のリスクを多く抱えるという点で、欧米ネットワークキャリア以上のものがあるだろう。加えて中東のエアラインには、欧州と並ぶ最大市場である米国における対イスラム圏国向けの今後の政府対応がどうなるかという「トランプリスク」もあり、予断を許さない環境が続くと思われる。
中東エアライン各社が直面する「成長と減速」をどのようにコントロールしながら今後の経営を構築していくのか、日本、欧米、アジアと絡み合う関係を紐解きながら、引き続き推移をウォッチしていきたい。
筆者プロフィール: 武藤康史
航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。スターフライヤー創業時のはなしは「航空会社のつくりかた」を参照。