機関投資家にとっての意味

ANAHD片野坂社長は今回の子会社化で、「果実をとる」というかなり直接的な表現をしたが、ANAHDがピーチから目先の果実として何がしかの金銭的リターンを手にする緊急性・必然性はさほど大きくは感じられない。

現状、ピーチの株主構成は、ANAホールディングスが38.67%、香港の投資会社であるファーストイースタン・インベストメントグループが33.3%、産業革新機構が28.00%。今後はANAホールディングスが67%、ファーストイースタン・インベストメントグループが17.9%、産業革新機構が15.1%となる

ANAHDにとっては、連結化による数十億円単位の数字の積み増ししくらいしかない一方、株式買取のキャッシュアウトが発生している。そのため今回の子会社化は、共同出資者である香港投資家(ファーストイースタン・インベストメントグループ)がこの時点で、何がしかのエグジットを望んだことが大きいのではないかと考えられる。

会見では「機関投資家は成長を楽しみたいと言っている」とのCEOの発言もあったが、機関投資家の資金には当然「自己資金の出し手」がおり、それらエンドの投資家にとっての「リターンの価値」は売却価格とそれに要した「時間」で決まるわけで、悠長に最大化を待つ機関投資家はいない。その意味では、スカイマーク株の過半を持つインテグラルも同様だ。

ピーチは明確な期限を設けてはいないものの、100機体制を目指すと言う壮大で容易ではないビジョンを掲げている。その意味では、ピーチの今後のさらなる事業拡大に不透明性を抱える中で、機関投資家が一程度の投資資金の流動化(売却)を望んだことに対し、ANAとして対応せざるを得なかったという側面があるのではないか。香港投資家の全面エグジットではあまりにエキセントリックな絵姿になるので、革新機構と半々で平静を保つ、というシナリオが浮かぶのは筆者だけだろうか。

「304億円」の意味

また今回の28.3%のシェアをANAHDが買いとった価格の「304億円」が、どのような根拠で算定されたのかも興味深い。この価格でピーチの時価総額を割り戻すと「1,070億円」になるが、これは上場しているスターフライヤーの時価総額(102億円: 2月27日終値)の10倍である。少し高すぎるのでは、と考えるのも筆者だけだろうか。

ANAが2014年12月に上場していたスターフライヤーの株式の17%を取得した際の購入価格は、市場価格の2倍を超えていた。当時、筆頭株主の機関投資家DCMが売却に当たって航空業界の利害関係者を天秤にかけて巧みなエグジットを演出したのだが、最終買収金額には驚いたものだった。「一般投資家にとっての価値」よりも「同業事業者にとっての価値」は、事業シナジーや「競合相手にとられることとのプラマイで倍」という感性が働くのだろうか。

2014年12月にANAHDがスターフライヤーの筆頭株主になった際、ANAHDは市場価格の2倍以上での購入となった

羽田枠を36枠持つスカイマークも、過去数カ月間だけ時価総額が1,000億円を超えたことがあるが、1ドル=80円というエアラインへの追い風があった時代の瞬間風速だったもので、今回の投資家2社は半分を投資額の7倍で売却できたことになり、5年間で投資のモトをとったことは間違いない。これに加え、ピーチが上海線を開設した時に以前のコラムでも述べたが、徐々に両者がANAの顧客を取り合う局面が発生する事態をコントロールするという側面も、ANA側の動機のひとつとして捉えておくことができるだろう。

ともあれ、今回の連結子会社化によってANAHD、ピーチとも新たな発展可能性を持ったと同様に、経営上のリスクも抱えたとも見える。ピーチ側の独立心・向上心が損なわれていく懸念、「大手ではない地元独立系エアラインに対するシンパシー」をベースとした地元(経済界&関西空港)からの支援が継続するのかとの心配(他社からは「実質ANAになった以上、過剰支援は廃止すべき」との反撃が始まる)、ANAとのカニバリゼーションに配慮しながらのピーチの事業拡大の難しさなど、今後両社で克服すべき課題は決して少なくない。

喪明けのJALを迎え撃つANAの課題

ここまでピーチに多くを割いたが、ANAの今後3~5年を見据えた課題も垣間見える。

現在、ANAが業界で提起していると噂されている「国際線フラッグキャリアは2社も必要なのか」という問題がある。これは、国同士の競争を行うのにまず自国内で潰し合いをしていては国益に適う本邦企業の育成に逆行する、また、破綻して公的資金の支援を受けたJALではなく自力発展を続けるANAがそれに相応しい、とのロジック展開になっているようだ。

あえて健全な大手2社の競争を止めてまで1社かすべきなのかどうか、議論は尽きないであろう。そもそも日本国自体が地政学的に、近隣アジア諸国と米国~アジア間のハブ競争に適するのか、各国のネットワークキャリアとの熾烈な競争の舞台になっているのかどうか、という問題もある。

ANAが抱える課題は多方面にわたる

JALが本気で国際線キャリアとしての地位競争に踏み出せば、これまでANAより遥か長い期間に世界でフラッグキャリアとして国益に貢献してきた底力、世界各地に根を張った「JALの存在価値」は、ここ数年のANAの勢いをもってしても簡単には凌駕できないかもしれないのだ。

折しも、JALは公的支援を受けた代償として無体な事業拡大をしないよう国の監督を受けてきた「8.10ペーパー」が、この3月末で期限を迎える。JALが「喪が明けていきなり」投資・提携三昧に走るとは思えないが、アジア地域を中心に資本投下を含む事業ネットワーク強化戦略の布石は着々と打っていよう。これから見えてくるJALの打ち手にも注目したい。

他方、ANAは支援提携をしたものの、コードシェアやシステム連携などの事業提携が進まないスカイマークの問題を抱え、その余波としてのA380少機数導入、整備・訓練子会社の経営強化、ハイブリッド系地域エアライン(AIRDO、ソラシドエア、スターフライヤー)の自立発展戦略、メキシコ線など自社のチャレンジングな国際線展開も含めた営業力の強化(法人・代理店対応ではJALに苦戦している面もある)など、4月からのANAHD片野坂社長~ANA平子社長による新体制が取り組むべき喫緊の課題は多い。

JALが2018年度以降どのような若返り、体質変化を遂げるのかと併せ、我が国大手2社のせめぎ合いにスポットライトが当たる機会も、今後更に増えそうだ。予見なく広い目線で見ていけるよう心がけたい。

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。スターフライヤー創業時のはなしは「航空会社のつくりかた」を参照。