全日本空輸(ANA)は、成田空港、福岡空港に続き、宮崎ブーゲンビリア空港(以下、宮崎空港)でのPepperの利用を開始した。宮崎空港では、Pepperが自走して自ら勤務地に移動する取り組みも始まっている。では、約1年前から始まったANAのPepper活用は、何を目指しているのか? この取り組みをデザインした、全日本空輸 デジタル・デザイン・ラボ(DDL) エバンジェリスト 野村泰一氏に話を聞いた。

宮崎空港内を自走する「Pepper」

DDLは、マーケットやテクノロジーの変化を取り込んで、ビジネスモデルや商品サービス、業務プロセスにイノベーションを起こすための新たな業務をデザインすることを目的に、約1年前に設立された部署で、2017年2月現在、5人で活動しているという。

DDLが考えるロボットの用途とPepperの長所

全日本空輸 デジタル・デザイン・ラボ(DDL) エバンジェリスト 野村泰一氏

野村氏は「ラボは昨年の4月にできましたが、すぐにPepperと出会い、何か新しい方法でPepperを空港で使えないか考えていました」と、今回の取り組みのきっかけを説明する。

DDLが考えるPepperの長所は、「日英中の3カ国語が話せる」「定型的な発話を長時間しても疲れない」「動画や地図などを使って、わかりやすく人に伝えることができる」「Pepperに怒るお客様はいない」という4点だ。

DDLが考えるPepperの長所

そこでDDLは、これらの長所を活かして、Pepperの得意な仕事を組み合わせていけば、Pepper向けの勤務がアサインできると考えたという。

「Pepperが人間がちょっといやだと思う仕事をやってくれることで、人間は人間らしい仕事に集中できます。また、接客は可視化されにくい業務ですが、Pepperを利用すると、どんな人が、どんな問い合わせを何件したのか、そして、何時頃にピークがあったのかがわかり、お客様のことをよく知ることができます」と、野村氏はPepperを利用するメリットを説明する。

人とロボットの協調をどう図っていくのか

ANAでは、すでにPepperを福岡空港や成田空港に導入済みで、宮崎空港は3つ目の空港になる。そして、羽田空港や那覇空港でも、利用に向けた準備が進められている。

ANAのPepper活用で特徴的なのは、空港によって利用用途が異なることだ。Pepperの業務プログラムは複数用意されており、各空港ではその中から必要なものをチョイスし、カスタマイズしながら使っている。

「季節要件、客層、便の輻輳具合など、空港にはそれぞれ色があります。そして、それが空港ごとの課題になります。しかし、各空港個別の問題は、本社ではあまり拾ってくれません。それをPepperにやってもらえば、空港ごとの課題を解決できます。自分たちの課題を、自分達の手で解決できるわけです。そうなれば、Pepperにはこれをやってもらい、自分たちはこれをやろうという協同の意識が生まれてきます。Pepperはロボットではなく、仲間なんだという意識が自然と芽生えてくるのです」(野村氏)

DDLがPepper利用で最も注意を払うのが、この人とロボットの協調の部分だという。

「Pepperの業務を高度なものにすることは慎重に考えています。Pepperが自分の仕事を奪うかもしれないと考える人が出てくると、きっと不幸なことが起こります。現場の人がどの程度受け入れてくれるのかについては、慎重に考えています。困っているから代わってほしいというところから入るのが、事例としては良いと思います。この部分はマニアル化されていないので、やりながら学んでいます。技術的に難しいことをPepperがすることが良いとは、決して思っていません。いろいろなカードの中で、それぞれの場面でどういう組み合わせが人とPepperの良い関係をつくるのかを考えています」(野村氏)

ANAのPepperの導入プロセスは、まず、デザイン志向のプロセスにしたがって各空港でワークショップを開き、空港の課題やPepperの特徴の話をしながら、どうすればその空港にとって良いピースになるのかを考える。そして、それをベースにプログラミングを行ってプロトタイプを作成。それをすぐに空港に置いて、トライアルを実施する。トライアルでは課題の抽出と修正を繰り返し、成果を検証。その評価にしたがって、最終的に導入するかを決定する。

ANAのPepperの導入プロセス例

Pepperを使うメリット

成田空港、福岡空港でのPepperの主な用途は、保安検査場で「ライターは事前に取り出してください」といった注意喚起を行うメッセージ発信や、顧客が自らタッチパネルを操作して案内を見るというインフォメーションの部分だ。成田空港では4時間程度の間に120-130件の利用があるという。

ただ、こういった業務は、タッチ式のディスプレイを利用したデジタルサイネージでも行えるのではないだろうか? ANAがあえてPepperを使う理由は何なのか? この点について野村氏は、前述したPepperの2つの用途と長所を絡め、次のように説明した。

「お客様は、人が言うことよりPepperの言うことを聞いてくれます。たとえば、手荷物検査で人が『ライターは事前に取り出してくだい』と言っても、検査場に来るまで取り出さない人もいますが、Pepperが言うとちゃんと指示にしたがってくれるので、検査場の業務がスムーズに進みます。機能を提供しても、お客様がそれを受け入れてくれなければ意味がありません。そうであれば、タッチディスプレイを置いても効果はないと思います。ただ、Pepperでも効果がないこともあります、それは、人に聞きたいときです。掲示板に書いてあっても、人に聞いて確認したい人もいるのです。その場合、お客様は情報を知りたいのではなく、『大丈夫です』の一言がほしいのです。そういう場合には、Pepperは使えないと思います。Pepperの用途は、提供する機能、それを人が受け入れるかどうか、本来人がやるべきことは何なのか、この3つの関係性の中で決まっていくものだと思います。そのため、ある空港で失敗したことでも、他の空港ではやってみたいことはあります。そういうことが、わかりつつあります」(野村氏)