三菱100年の歴史を変える協働
それは2種類ありますね。開発を指揮する執行部サイドと製造現場サイドの差があることを、取材をしていてものすごく感じました。
パイロットを含めた製造現場サイドの人たちは、ぶれることがないです。世界一安全な、誰からも欲しがられる、メイド・イン・ジャパンをつくって送り出したい。目指しているのは100%。もちろん人の命に関わるものですから、基幹構造的なことに関しては譲れません。意固地だと言われてしまうかもしれないけど、空を飛ぶもの、メイド・イン・ジャパン、この2つの責務を背負っているから、遅延のバッシングは気にもしない。
それはそれで問題かもしれませんが、外圧や風評に対して「いつか見てろよ、負けてたまるか」というのが現場の声で、「僕たちは揺るぎませんよ」というものを感じました。彼らは顧客らにカタログベースで示したスペックを確実に実践したい。そうすれば必ずライバルに勝てると考えています。
一方で、開発を指揮する執行部サイドは、「冗談じゃない。開発スケジュールを守ることもちょっとは考えろ」という思いはあると思います。何年も遅れてできた頃に、ライバルであるエンブラエルやボンバルディアが次の飛行機を出しているとなると、本来であれば売れたであろう飛行機も売れなくなります。
ひょっとしたら、ボーイングやエアバスもダウングレードしてリージョナルに近い小型機開発に入っていることだって、全くない話ではないでしょう。彼らはブランド力も経験もありますから、そこに新参者の三菱がどう戦えるのか、というのはありますよね。だから、執行部サイドの人たちは急ぎたい。
パッと横を見てみると、ロシアのSSJや中国のARJなどもいますが、彼らは自国内や関係諸国が市場です。今、エンブラエルもボンバルディアが進めている新機材とMRJとのバッファは、MRJの先行が1年くらいしかない状況です。この1,2年のタイミングの差が勝負となります。
私自身、MRJはエンブラエルの機体よりすごいと思っていますが、世界中で飛んでいるならまだしも、現状はまだまだ試験機段階です。実際に顧客からも反応がいい、という評価が得られる段階ではありません。型式証明を取得した段階でも、まだカタログベースです。であれば、実績のある方が買われてしまうのは否めないでしょう。
―組織における確執は避けられないところはありますよね
でも、三菱100年の歴史の中でひとつの"事件"とも言えるのが、設計部と製造を担う工作部の協働です。当初、工作部の人たちはもっと簡単にできると思っていました。今までボーイングの下請けをやってきて、"丸ごと1機造れる技術は十分培った"という考えです。しかし、実際の製造に入る前に「試供体」という部材の試作をつくったところ、設計と製造手法のいずれも数々の問題が浮上した。それに工作部の人たちは愕然(がくぜん)としたわけです。「これはまるごと1機つくれないぞ」と。
そこから、三菱の歴史上初めて、"犬猿の仲"と言われてきた設計部と工作部が実際の製造に入る前段階から協働するという、異例の取り組みが行われたわけです。その団結がなければ、さらに2年分の遅延が起きていたでしょうね。今でも両者はストレートなやり取りをしていて、いい関係を築けています。
―これから小西氏がMRJに関して注目していきたいことはどのようなものですか
"青い目"との戦いですね。北米で展開される安全性の審査、これに尽きます。日本では発着回数に制限があるため、北米での飛行試験になったわけですが、5機で2,500時間の飛行試験を行い型式証明を取得していく中で、審査経験豊富な現地パイロットたちも加わることになります。現場ではきっと、いろんな指摘が出てくるでしょう。審査レベルになるとあら捜しになります。安全性の証明になっていないカ所を一つひとつやっていくもの。2017年3~4月辺りから本格化していくと思いますが、その戦争が始まります。
三菱は、F-2開発でも中心的役割を担ったモノづくりのドンとされる社員を、2016年4月に北米に送り込んでいます。修理や設計変更による改修が生じた場合、「機体を日本に送ることはできないから」というのが表向きの理由ですが、スケジュール的にも信用的にも"もう後がない"という強烈な危機感を抱いたからです。その社員を筆頭にした工作部隊、そして設計の腕利きたちも北米に投入されました。
ギリギリのスケジュールの中で、今まで見えなかったさまざまな問題が浮上するでしょう。その中で仲良くなったはずの両者の衝突は、過去を見ても間違いなく生まれます。そして今回、青い目の視点が入ります。この三つ巴の戦いが絶対面白いと思うんですよね。もし小説の続編を出すとしたら、この辺りを緻密に描いていきたいと考えています。その戦いはきっと、普遍的な要素の宝の山だと思うんですね。
「見た目が美しければ正しく飛ぶ」を証明する一機
―話を変えまして、実際、海外メディアはMRJをどう見ているように感じますか
2007~2009年くらいのタイミングで海外のエアショーで発表した時は、「三菱ってエレベーターの会社でしょ? 飛ぶわけないじゃん」くらいの印象ではありました。でも、2014年10月のロールアウトの際、海外メディアも「やっぱり美しい。ちょうどそう、ツイートしたところなんだ。これは間違いなく大ヒット作になる」と言っていました。技術的には海外メディアも高い評価をしています。
ただし、ビジネスとして成功するかどうかは遅延の有無だけにかかっています。いいものだからタイミングを失ってもいいとは言えない。そこはスポーティー・ゲーム(高リスクな賭け)なんですよね。海外の有名な記者が工場を訪れた時、「生みの苦しみは仕方がないよね。でも、これ以上遅延が出れば、ライバルに確実にシェアを奪われるだろう」と言っていました。
―冒頭で、「MRJは日本に新しい基幹産業を切り拓くための挑戦」とありましたが、そうした未来の担い手である子どもたちに、「MRJって何がすごい? 」と問われたらどう伝えたいですか
MRJは旅客機の歴史にひとつの風穴を空ける一機だと思います。MRJのデザイン的な良さは抜群にいい。小説にも記させてもらいましたが、イギリス航空のパイオニアであるジェフリー・デ・ハビランドは、「見た目が美しければ正しく飛ぶ」という名言を残しています。その意味で、MRJは形が美しければ間違いないことを証明する一機になるのではないでしょうか。
ロールアウトの際、評価の厳しい海外通信社の人々も口をそろえて絶賛していました。「これは美しい」「こんな旅客機は他にない」などです。見た目の美しさ、それが全て。それがイコール性能の良さです。
例えばですが、コックピットや客室を見て「これはすごい」と感じさせることはできると思いますが、形を見てすごいと印象を与えたのは、ジャンボジェットB747以降、この50年の間でMRJが初めてではないでしょうか。MRJは「旅客機って鶴みたいに美しくできるものなんだ」ということを世界に知らしめました。だから子どもたちとは、「きれいな飛行機だよね。将来、この製造に携われる仕事につけたら素敵だと思わない? 」というようなことを話してみたいですね。