apt-X HDの試聴にあたり、ヘッドホン「ATH-DSR9BT」の設計上の特徴も説明します。
まず、伝送経路がフルデジタルであること。入力した信号は直接「Dnote」というデジタルオーディオプロセッサに伝えられ、いちどもアナログ信号に変換されることなく振動板の駆動部(ドライバー)へと伝えられます。
通常、伝送経路にBluetoothを利用するヘッドホンは、デジタル信号をアナログ信号に変換する機能(DAコンバーター)を備えた通信用チップを搭載し、そのアナログ信号をアンプで増幅してドライバーを駆動しますが、ATH-DSR9BTにはDACもアナログ信号を増幅するアンプもありません。これが、ATH-DSR9BTで初採用された「ピュア・デジタル・ドライブ」と呼ばれるしくみです
Dnoteを採用したヘッドホンは最近でこそ他社製品もありますが、オーディオテクニカは2014年発売の「ATH-DN1000USB」でDnote世界初採用に踏み切っています。Dnoteはデジタル信号の疎密をもとに波形データをつくり出し、その情報をもとに振動板を震わせて音を出しますが、導線(ボイスコイル)をどのように配置するか、どのように駆動力を引き出すかはノウハウが必要とされ、振動板にどのようなコーティングを施すかといった従来型ヘッドホン同様の微妙な部分も含みます。それがピュア・デジタル・ドライブの最終段に位置する「トゥルーモーション D/Aドライバー」で、アコースティックな部分での腕の見せどころです。
ハイレゾ音源を「apt-X HD」で聴く
試聴はAstell&Kernのポータブルプレーヤー「AK300」で行いました。DSD 5.6MHzおよびPCM 384kHz/32bitの再生に対応する高級機ですが、折しもATH-DSR9BT発表とほぼ同じタイミングでファームウェアアップデートが実施され、apt-X HDをサポートしました(AK380 / AK320 / AK70も同様)。apt-X HDに対応する国内向けスマートフォンは、NTTドコモの冬春モデルにて「LG V20 PRO」が投入される予定です。
選んだ音源は、宇多田ヒカル8年ぶりの新譜「Fantome」。ハイレゾ音源配信サイト「e-onkyo music」で販売されているFLAC 96kHz/24bitファイルをAK300で再生、Bluetoothで接続したATH-DSR9BTで聴くというスタイルです。音の情報量は減りますが(ダウンサンプリング)、apt-X HDの利用により48kHz/24bitとなるため、音のきめ細かさが大きく損なわれるわけではありません。
apt-X HDとの組み合わせによる音は、従来のBluetoothヘッドホンとは明確に一線を画しています。全域にわたり解像感に優れ、ボーカルもピアノの音も実感をもって迫ります。スネアのアタック&リリースは迅速でモタつきません。左右のセパレーションが良好なためか、ボーカルはしっかり中央に定位しつつ立体感ある音場を再現します。
より鮮烈な音を楽しみたければ、PC再生がお勧めです。左側ハウジングの下部にあるUSBポートとPCを接続すればUSB DACとして認識されるので、Windowsならば「foobar2000」、macOSならば「Audirvana Plus」といったプレーヤーで再生すると、最大96kHz/24bitでハイレゾ音源を再生できます。ワイヤレス接続時とどのように音が変化するか、聴き比べも楽しいものです。
apt-X HDは、対応する再生機が少ないという気がかりはあるものの、スマートフォンメーカーやオーディオメーカーから多数の引き合いがあるとのことで、あまり心配はいらないはず。特にATH-DSR9BTは、「ピュア・デジタル・ドライブ」と「トゥルーモーション D/Aドライバー」による鮮烈な音で、本格的なワイヤレスヘッドホン時代の到来を感じさせてくれることでしょう。