検測車と保守作業

新幹線に検測車があるのは御存知だろう。東海道・山陽新幹線なら「ドクターイエロー」こと923形、JR東日本の新幹線なら「East i」ことE926形がいて、おおむね10日間隔で本線上を走っている。いずれも「新幹線のお医者さん」と呼ばれることがあるが、これは正しくない。検測車は軌道・トロリー線・電力・信号・通信といった地上設備の状態を調べるための車両だから、むしろ「臨床検査技師」というべきだろう。

「East i」(写真)や「ドクターイエロー」といった検測車は、おおむね10日ごとに本線上を走り、軌道・トロリー線・電力・信号・通信の状態を調べている

その検測車が走ることで、軌道の狂い、トロリー線の摩耗、電力・信号・通信設備の異常動作といったデータを得ることができる。その他、レール探傷車を使って傷の有無を調べたり、日々の運行状況にもとづいて通過トン数(通トン)を算定したりといった作業も必要になる。通過トン数は、レール交換のタイミングに影響する数字だ。

こうして得られたデータをもとに、実際に修正や交換などを行うのが保守基地の仕事だ。例を挙げると、こんな具合である。

  • パンタグラフにこすられてトロリー線の摩耗が進んできたら、架線延線車を出してトロリー線を交換する。
  • 規定の通過トン数に達したり、摩耗や傷があって使えなくなったりしたレールを新しいレールに交換する。
  • まだ寿命ではないが正規の形状から外れてきたレールは、レール削正車を出して砥石で削り、形状を整える。

カンや経験に頼らず、きちんとデータを取って数字で管理することと、短時間で効率よく、かつ精確に作業を進めるための機械化が、新幹線の保守作業の重要なポイントだ。

保守作業はすべて夜間に行われる

保守基地が関わる作業は、営業列車が走っているときには行わない。在来線だと営業列車の合間を縫って保守を行うことが多いが、新幹線では十分な間合いが取れないし、安全性の問題もあるので、保守作業は夜間にのみ実施している。

具体的にいうと、終電が走り去った後で「線路閉鎖」(これによって営業列車の立入りが禁じられる)と「饋電(きでん)停止」(トロリー線への送電を止める操作)を行い、そこから先が保守用車の出番となる。

いつどこでどんな作業を行うかは、検測車や徒歩巡回などによって得たデータをもとに、事前に計画を立てておく。もちろん作業に使用する保守用車がどこの基地から出てどこまで行くかについても、時間も含めて事前に決めて作業計画書にまとめておく。レールの交換なら「●●K▲▲m地点から■■K◆◆m地点まで、1,115mを交換する」、トロリー線の交換なら「電化柱◎◎番から××番まで855mを交換する」といった具合になる。レールはキロ程が指標になるが、トロリー線は電化柱ごとに振られている番号が指標になる。

終電から初電までの時間は6時間ほどあるが、保守用車が保守基地と現場の間を行き来する時間や、線路閉鎖と饋電停止、あるいはそれらの解除といった作業に要する時間が必要になるので、実質的に使える時間はもっと少ない。さらに新幹線では確認車が出るため(青函トンネルとその前後の共用区間を除く)、作業に使える時間はもっと少なくなる。昨年の記事でも紹介している確認車とは、保守作業が終了して人も機械も保守用車もすべて引き払った後に、本線上を走って障害物がないかどうかを確認する車両だ。

確認車は障害物検知用のバーを前面に備えているほか、映像で記録を残すために複数のビデオカメラとサーチライトも搭載している。もちろん、保守作業に従事するスタッフは忘れ物がないように注意を払っているが、動物や鳥の死骸が落ちている……なんていうことも起きるから、油断がならない。

確認車が走って「障害物なし」と確認して、その確認車が本線上から姿を消すと、それで初めて営業列車を出すことができる。筆者が山陽新幹線で保守作業の模様を取材したときの経験からすると、作業そのものに使える時間は3時間かそこらだ。

確認車が備える障害物検知装置を展開した状態。白いバーに障害物が接触すると倒れて、警報が鳴るしくみに。確認走行では写真のように展開するが、使わないときには畳んで収納してある

点検だけならともかく交換となると、その3時間足らずの間に既存のトロリー線やレールを外して新しいものと取り替えなければならないのだから大変だ。とくにレールの場合、新しいレールと既存のレールを溶接してつなぐだけでなく、溶接部分を凸凹がないように整形する作業に相当な手間がかかっている。鷲宮保守基地の特別公開ではレールの溶接デモが行われているが、じつはその溶接の後が大変なのだ。

余談だが、鷲宮保守基地の特別公開に際して架線延線車の作業台に上がると、目の前にトロリー線がある。これは本線で用済みになったトロリー線なので、パンタグラフが接する下面は摩耗して平らになっている(新品なら丸みを帯びている)。

もちろん25,000Vの電気は来ていないから、安心して握ってみることができる。320km/hで走るための電力を供給する線だというのに、意外なほど細く、しかも堅いので驚くかも知れない。ちなみに、材質は錫を少し混ぜた銅が一般的だ。

保守用車は逆走する

新幹線は複線だから、下り線・上り線が分かれている。ところが保守用車の場合、上り線も下り線も関係ない。多くの保守用車は向きが決まっていて、しかもいちいち転車台で向きを変えるようなことはしない。だから、保守用車は本線上を逆走する場面が頻発する。もちろん、それを織り込んだ上でコンフリクトしないように作業ダイヤを作っている。

また、保守用車は作業の内容に応じて走ったり止まったりする。しかも夜間である。止まっていると思っていた保守用車が、じつはこちらに向かって走って来ていた……などということになれば、事故の原因になりかねない。会社によっては、保守用車の前面や運転室の上部に並べた複数の灯火の点灯パターンを変えることで、走っている向きや走行・停止の別がわかるようにしている。

また、自動列車制御装置(ATC)の制御下にない上に逆走までするとなると、保守用車同士の衝突を防ぐ手立ても必要になる。そこで衝突防止装置を備えるのが一般的になった。運転台のディスプレイ装置に情報が出て、衝突しそうになると警報を発してくれる。過去の経験からすると、鷲宮保守基地の特別公開では架線延線車の運転台も見られるだろうから、公開されていたら注目してみたいポイントだ。

予備知識があると見え方が変わる

新幹線の保守作業についていろいろと書いてきたが、その保守作業の現場に一歩近づける貴重な機会が、10月1日に開催される鷲宮保守基地の特別公開というわけだ。車両基地の一般公開はあちこちで行われているが、保守基地の一般公開は貴重である。

さまざまな保守用車や機器類などを見るのも楽しいが、保守作業に関する幾ばくかの予備知識があると、また違った見え方になるのではないだろうか。何事もそうだが、多少の予備知識があると一気に面白くなるものである。