テレビ東京系の金曜20時ドラマ『ヤッさん~築地発!おいしい事件簿』(7月22日スタート)。伊原剛志がテレ東初主演と話題となっているが、実はドラマ通が注目した話題がもうひとつあった。古くは『木曜の怪談/怪奇倶楽部』『いいひと。』、近年は『アンフェア』『リーガル・ハイ』シリーズなどで名を知られる稲田秀樹プロデューサーが、テレビ東京社員としてプロデュースに関わっているという点だ。
制作プロダクションである共同テレビジョンで、多くのドラマを生み出してきたプロデューサーが、テレビ局に移籍。しかも、テレビ東京! ということで注目を集めた今回の件、気になる真相や、新たな作品『ヤッさん』にかける思い、そしてテレビ東京の印象について話を伺った。
生活が一変するような移籍
――かなり業界的というか、個人的な話から伺ってしまうのですが、共同テレビジョンからテレビ東京に移籍(転職)されたのはどのような経緯があったんですか?
私は52歳になるんですが、まさかこんなに生活が一変するような転職をするとは、これまで想像すらしたこともありませんでした(笑)。以前の会社では管理職に就いていたのですが、どうしても現場でのモノづくりの最前線に復帰したくて、光栄にも熱心にお誘い頂いたご縁もあって、熟考を重ねた上で、新しい場所でトライすることになりました。
――これまで、テレビ東京さんとは作品をつくられてなかったと思うのですが、いきなり入社されるというのもすごいですね。
これまでも何度か一緒にやりましょうとご提案をいただいていたんですが、スケジュールの関係もあって、なかなか実現には至りませんでした。実は、今回も当初は別の企画でお話を受けていたんです。たまたま管理職という立場上、スケジュールが空いていたので、会社とも相談の結果、お引き受けすることになりました。その後、長く準備をしてきた当初の企画が頓挫するアクシデントがあって、私の転職だけが残るという事態に陥ってしまったんですが……。
――それは大変ですね……。
すぐさま別の企画を立ち上げなきゃ、ということで、初仕事から大ピンチです(笑)。そこで最終的に形になったのが『ヤッさん~築地発!おいしい事件簿』でした。結果としては、自分の企画で初仕事を迎えることができたので、とてもラッキーでした。
――管理職になった方が、現場が恋しくなるという話は色々な会社で話を聞きます。
テレビ局にしても制作会社にしても、ヒット作を生み出して結果を残した人材が管理職になる傾向がありますが、そういう人ってそもそも現場でのクリエイティブが好きな場合が多いですよね。マネージメントというと違うステージになりますし、成功体験があればあるほど、他の人の作品にも口出ししたくなっちゃうところもあると思うんですが、現場の若い世代にとって決して良いことではないですからね。フラストレーションがたまることも多いと思います。
制作者に寄り添う大英断
――そういった経緯があって、テレビ東京に入られたわけですが、『ヤッさん』はどのようにお話が進んだんですか?
企画を考える時は、僕の恒例行事なんですけど、だいたい大きな書店に行って、あえて膨大な情報の中で溺れるような感覚に自分を置くようにしています。そうすると最終的に何か自分に引っ掛かるモノが見えてくることがあるんです。今回もなぜか『ヤッさん』の原作がバーンと目に飛び込んできました。「80%の人が電車を乗り過ごすほどの面白さ」という大胆な帯も気になったのかもしれませんが(笑)。即座に買って読んだら本当に面白かったし、テーマも興味深くて、ぜひドラマにしたいと思いました。
――今までの作品とはまた雰囲気が違うのかな、とも思いましたが。
そもそも飽きっぽい性格なので、同じような作品が続くのはあまり好まないんですよね。以前はヒューマンなものも手掛けてますが、ここのところは毒っ気の多いダーク系の作品が続いていたので、思い切って真逆なものをやりたいという気持ちはありました。笑って泣けて、ドラマの王道に戻ったものを、テレビ東京の金曜20時枠でトライできるのは、幸せなことだと思います。
――そこで『ヤッさん』がぴったりだったんですね。
でも最初は、企画会議でも反応が悪くて。主人公がホームレスという設定は、さすがに視聴者にネガティブに捉えられるんじゃないかと、出した直後に却下されました(笑)。他局でも、それが理由で実現に至らなかったと出版社から聞いていたので、さもありなんと。その後、他の企画もいろいろと出したんですがなかなか決め手がなくて。タイムリミットが迫った最後の会議で提出した数本の企画の中に、リベンジと思って練り直した『ヤッさん』を加えてプレゼンに臨んだんです。
そうしたら、すべてを説明し終えた後、最終的な決断をする立場の方に「制作する人間としては、正直どれが一番やりたいの?」と質問されたんです。「『ヤッさん』です」と答えたら「わかった、じゃあそれで行こう!」と言ってくれました。最終的には制作側の想いに寄り添って決めるんだ、というのは新鮮な驚きでした。
――それは、テレ東の良さと言えるでしょうか。
クリエイターを大事にする社風は感じています。みなさん、純粋に作品に向かい合っている。特に深夜帯で、独特な番組を生み出しているのは、クリエイターの自由度が高いからだと、入社して改めてつよく実感しています。