個人的には音楽制作もののアプリが2本受賞したのが気になったのだが、授賞式の後、幸運にもAuxy Music Creationを提供するデベロッパー、Auxyの設立者の一人であるFredrik Gandnell氏に話を聞く機会を得た。
Auxyはスウェーデンのデベロッパーだ。会社の規模は、実はそんなに大きくない、と言うよりとても小規模で、なんと運営に携わっているのはたったの3人。歴史も浅く、設立されてからわずか2年半とのことだ。提供しているアプリも、現在、Auxy Music Creationだけである。
Auxy Music CreationはAppleのLogic Pro XやMark of the UnicornのDigital Performerといった伝統的な時間が左から右に流れるタイムラインを採用したDAWと、AbletonのLiveのような時間が上から下へと流れるニュースクールなDAWの良いところを組み合わせたユーザーインターフェースが特徴としている。
Gandnell 音楽を制作するのに、そもそもiPhoneやiPadを使う場面って、そんなに多くなかったと思うのですが、状況少し変わってきてますよね。その中で、昔からMacで制作してる人にも馴染みやすくっていうデザインにはなっていると思います。最近のツールの要素を盛り込むのは重要事項の一つでしたが、何より、初めて音楽を創ろうとしている人々が、何もないところからクリエーションできるようにということを心がけました。結果このようなデザインに落ち着いたのです。
ポップミュージックの世界ではABBAをはじめとして、最近では、プロデューサー/コンポーザーであるマックス・マーティンなど、著名なアーティストを数多く輩出しているのがスウェーデン。音楽産業の輸出額は米国と英国に次ぐ数字で、音楽輸出大国になっているのだ。
スウェーデンでは、音楽制作において少し変わった手法が取り入れられている。多くのソングライターは1曲を一人で作り上げるが、スウェーデンでは「作曲チーム」を編成して、ヴァース、ブリッジ、コーラスをそれぞれ違う人物が書き、それらの良いところを繋ぎ合わせて1曲に仕立てるというのだ。特にコーラス部分はフックになるメロディが絶対条件なので、何人ものコンポーザーに書かせて、一番キャッチーなものを採用していくらしい。このような文化的、業界的な背景は、もしかしたらアプリ開発にも反映されているのかもしれない。
Gandnell そうですね、グループ作業は多いですよ。ストックホルムで素晴らしいアーティストやプロデューサーと会うので、彼らから得られるフィードバックがもの凄く役に立っていますね。
分かりやすいツールを作ることで、大勢の人に使ってもらえるということを意識しているようにも感じられる。
Gandnell 次世代の音楽家のために作ったツールで、もちろん、使いやすさの追求が根底にあります。音楽ってプログラミングと似ていて、創り方を知らない人が多いけれど、知っていればさまざまなことができるんですよ。五線譜があればそれが共通言語になりますよね、それが読み書きできれば、作曲の幅も広がると思います。Swiftでコーディングするのも考え方は同じではないでしょうか。そういったアイディアを、もっと広めていきたいと考えているのです。
筆者は以前、App Storeでのアプリ販売は、資本力の多寡に関係なく、皆に機会が平等に与えられている環境であると指摘した。Auxyの成功はまさにそれに当て嵌まる例だと言えよう。これもまた繰り返しになるが、あらゆる業界、業種、業態にスポットライトがあたり、会社の規模、有名無名を問わず、良質な製品・サービスを提供できれば、均等に好機に恵まれるのである。
もう一本の音楽制作アプリは、二度目のADA受賞と相成ったdjay Proだ。先ほど述べた通り、アップルの最新テクノロジーを利用し、マルチデバイスのサポート。70を越えるiPad Pro向けのショートカットや、クラウドでの同期、4つのオーディオデッキをソースにしたミキシングと2つの4Kビデオストリームに対応するなど、充実したDJツールに仕上がっている。それらに加えて、アクセシビリティの機能、特にVoiceOverにフル対応している点に注目が集まった。
授賞式の際に行われたデモでは、高校生の頃に視力を失ったというDJ、Ryan Dour氏がパフォーマンスを披露した。Dour氏はDJとして活躍しながら、アップルでアクセシビリティ関連の開発に携わっている。WWDC 2016基調講演のレポートでも軽く触れたが、アクセシビリティに関わるアップルの開発メンバーは、実際に聴覚や視覚など身体機能において障碍を抱える人たちだとのことである。djay Proの開発はドイツのデベロッパーであるalgoriddim GmbHが手掛けており、あくまで、サードパーティの提供に依るものだが、デモにわざわざアップル内部の開発者を送り込むくらい高く評価されているのである。言い換えると、アップルはアクセシビリティの機能向上に注力しており、そこにフォーカスして開発されたアプリを今回のように表彰するなど、プッシュする傾向にある。