当初は本気だったのか

アローラ氏へのバトンの引渡し、60歳での引退。孫氏は一時期、それを本気で考えていたと思われる。2015年の決算発表の場で、ソフトバンクが何世紀にも渡り、持続的に発展し続け、グローバル企業へ変革するために「ソフトバンク2.0」という考え方を公表した。「テクノロジーが古くなる」「創業者が年をとる」「ビジネスモデルが古くなる」のがテクノロジー企業が永続的に繁栄できない理由として、"アローラ・フォーメーション"と呼べき人事、組織編制を2015年5月に発表し、以後、実行したからだ。

これが、先のアローラ氏の代表取締役副社長への就任、同氏を有力な後継者とする対外的な発表だった。組織編制ではホールディング会社を設け(現ソフトバンクグループ)、そこに事業資産、投資資産がぶら下がり、それらを両輪とした企業体に生まれ変わった。

そして、この投資資産の部分に深く関わったのが、アローラ氏というわけだ。同氏は在任期間中に、インドで通販サイトのスナップディール、ホテル予約サイトのオヨ、タクシー配車サービスのオラなどの企業に投資、韓国のモバイルEコマースのクーパン、米国のフィンテック企業ソーファイなどへの投資も主導してきた。さらには、アリババグループ、スーパーセルの株式売却の成功により、数カ月で180億ドルの現金資産を生み出し、財務の健全化にも貢献した。孫氏もこうした功績を讃えている。

なぜ顧問なのか

今回の人事について、孫氏の発言を拾えば、自身のわがままながらも、代表取締役を続投したい、アローラ氏を待たせてしまうのが心苦しい、というのが趣旨だ。しかし、腑に落ちないこともある。アローラ氏が経営陣から外れる必要があったのかだ。アローラ氏にソフトバンクグループ以外で達成したい目標があるのならば理解もできるが、Twitter上で次のステップについて問われると「急かさないでほしい。時間をかけて決めたい」とコメントしている。身の振り方は決まっていない段階で中枢から外れたわけである。

さらに、7月1日からは顧問として、引き続きソフトバンクグループや投資先企業へのサポートを続けていくとしているが、なぜアドバイザー役に落ち着いたのか、理解しづらい。ソフトバンク 2.0の推進は、投資のプロであり、世界のテクノロジー企業に人脈を持つ、アローラ氏は重要な役割を担っていたのではないか。

副社長退任について、アローラ氏のTwitterをたどると「時間とともに人の心は変わることもある。創造とアイデンティティは密接に結びついている」といった意味深かつオブラートに包んだコメントが見受けられる。孫氏も代表取締役を続投したいというわがままを理由としているが、それは表向きに説明のように見えてしまう。投資を巡るスタンス、経営を巡る方針に違いがあったのか。今回の出来事を巡る憶測は尽きそうにない。