多くの観光客に囲まれた発車前のトーマス号

ひときわ多量の蒸気を機関車下部から噴出してほどなく、「ピーッ」という甲高い汽笛が大気を貫く。「シュッ」……そんな蒸気音を立てて車輪と連結棒が動き出すと、車輪は派手にほぼ一回転空転。だが、車輪とレールが噛み合いだすと徐々に速度を上げ、客車を牽引していく。満席の客車内の乗客は、ほぼ例外なく線路外にいる見物客に満面の笑みで手を振っていた。これは、6月11日に今年初めて運行を開始した大井川鐵道「きかんしゃトーマス号」の発車風景の一幕だ。

このトーマス号の人気は絶大だ。運行前の2013年、旅客数は21万7,000人だったが、トーマス号の運行を始めた2014年には27万2,000人まで押し上げた。また、大井川鐵道といえばSL急行でも知られる。トーマス号とSL急行はともに期間限定の運行となるが、この定期外が旅客収入の8~9割を占める。まさに同社の財産といってよい。

さて、そのトーマス号が今年初の旅立ちを迎えたこの日、大井川鐵道の拠点である新金谷駅から少し離れた作業場で、JR北海道から導入された客車がマスコミ陣に公開された。

北海道新幹線開通で廃止された「はまなす」

この客車は、3月20日まで青森・札幌間で運行されていたJR北海道の夜間急行列車「はまなす」の車両だ。はまなすは、青函連絡船の廃止にともない、1988年にその代替として運行が開始された。それから28年……2016年3月26日に開業した北海道新幹線の登場により、はまなすは廃止された。夜間急行列車としての最後の生き残りと知られ、その存続が惜しまれたが、静かに幕を降ろした。

そのはまなすを構成していた「スハフ14 502」「スハフ14 557」「オハ14 511」「オハ14 535」の4車両が、大井川鐵道に引き取られた。これから1年をかけて整備を行い、トーマス号と並ぶ大井川鐵道の“顔”、SL急行の客車として活用される。

左:作業場で整備される14系車両。右:整備のため台車が取りはずされていた

大井川鐵道では4両の蒸気機関車が運行している。写真はそのうちの「C56」

実は大井川鐵道がSL用客車を導入するのは、1992年以来24年ぶりのこと。導入の目的は車両の保有数を増やすことで、各客車にかかる負担を分散するためだ。

そもそも、大井川鐵道に属する蒸気機関車は昭和初期に生産され、客車も昭和初期・中期に製造されたものがほとんど。運用可能な状態で古い列車を保存する“動態保存”を目指す大井川鐵道にとって、とてもデリケートな存在だ。すでに入手不可能なパーツも多く、動態保存のために神経をとがらせなければならない。今回の客車導入はそのための施策といえるだろう。