ウェアラブルデザインの課題を克服するために、エンジニアが開発を開始する前に確認する必要がある重要ステップは何であるかを考えてみよう。このプロセスの最初のステップの1つは、デバイス要件を理解することだ。ウェアラブルアプリケーションで何をモニターし、どのセンサを組み込む必要があり、潜在的なユースケースにはどのようなものがあるだろうか。ユースケースの確認は重要な作業だ。これにより、製品のサイズ、利用可能なスペースの範囲、デューティサイクルの予測値が明確になる。これらは、バッテリーに使用できるスペースおよびバッテリー容量への直接的な影響を決定づける。バッテリー容量は、充電サイクルと使用デューティサイクルの間隔と直接的な相関関係がある。さまざまなユースケースのシナリオにより、必要な通信のタイプも明らかになるだろう。クラウド・アプリケーションへのゲートウェイとしてスマートフォンを使用する必要があるだろうか、それとも独自のセルラー・データ接続を使用して通信するべきだろうか。多くのIoTデバイスでは、ユーザーが新しいデバイスイメージをメーカーのサイトからPCにダウンロードしてウェアラブルデバイスにアップロードするのではなく、デバイスのファームウェアをワイヤレス(OTA:Over the Air)で更新できるかどうかが、重要な考慮事項になってきている。その場合は、ホスト・プロセッサの仕様とOTAに必要なメモリ量を慎重に検討する必要がある。
また、ほとんどのウェアラブルデバイスが着用者と同じ環境的影響を受ける傾向がある。雨、湿気、ほこり、大幅な温度変化のすべてを考慮し、製品のエンクロージャを設計する必要がある。これらの要因とユーザーエクスペリエンスのバランスをとりつつマーケティング仕様を満たすために、イングレス・プロテクション(IP)保護等級を取得するかを検討すべきだ。ユーザーが身につけて不快に感じるサイズ、重量、形状のウェアラブルデバイスにしないことが、製品の成功へのカギを握る重要な要因であることは明らかである。エンジニアは、選択したコンポーネントの電気的仕様だけでなく、物理的な属性も見定める必要がある。
製品のマーケティング要件の分析により、予測数量を見積ることもできる。これらは生産に関わるいくつかの決定事項を明確にし、全体的な目標BOMに大きく影響する。デバイスの通信接続に関する設計の観点からは、この予測の如何によって、エンジニアがディスクリート設計のほうがモジュールを使用するよりも適切であるという判断を下すかもしれない。価格に対するコストの差は、一筋縄ではいかない問題である。ディスクリート設計の場合、BOMは多少低くなるかもしれないが、試験や認証のコストを考えると、モジュールを使用するのと差はほとんどない。デバイスがどこで販売されるかわからなくても、世界中の無線規制機関のほとんどで認定済みのモジュールをPCBに搭載できれば、大幅な時間の節約になるだろう。また、RF設計は専門的なスキルであり、同様に専門のテスト機器/設備が必要だ。不十分なトラック・レイアウトに起因するEMI問題の発生により、数週間を費やさねばならなくなり、場合によってはPCB設計のやり直しが必要になるのであれば、ディスクリート設計のすべてのコストメリットは打ち消される。
パワーバジェットをできるだけ最後のほうで計算するというのは、多くの組み込みエンジニアが試行錯誤によって身につけてきたスキルである。エンジニアは、ウェアラブルデザインに使用する通信接続とGNSSモジュールを選択する際、モジュールのテクニカルドキュメントを精査し、消費電力を最小限に抑えると同時に、特にユーザーインタラクションの際にデバイスの応答性に影響を与えない方法を確認する必要がある。現在市販されているほとんどのマイクロコントローラとモジュールは複数の異なるパワーセーブモードを搭載しているので、エンジニアはそれらを慎重に検討して、アプリケーションのニーズに最適なスキームを見つけ出す必要がある。通常、これらのモードはモジュール機能の一部のオン/オフを選択的に切り替える。たとえば、前述で紹介したu-bloxのGNSSモジュール「EVA-M8M」は、GNSSレシーバの一部のオン/オフを切り替えることによってシステムの消費電力を削減するパワーセーブモードを使用している。このプロセスは図4を参照していただきたい。
パワーセーブモードは、インアクティブ(次の測位および次のサーチを待機)、捕捉、追跡、電力最適化追跡として定義される5つの異なる状態に基づいて動作する。消費電力のプロファイルはそれぞれの状態で異なり、捕捉は最も電力を消費し、インアクティブではレシーバのほとんどの部分がオフになる。GNSSモジュールのパワーセーブモードと通信モジュールの同様の方式をフル活用することで、ウェアラブルデバイスのバッテリー寿命とユーザーエクスペリエンスは大幅に改善する。
最後に、上記で紹介したこれらすべての要因は製品の商業的成功を決定づけ、製造元のブランド評価の向上に寄与する。ウェアラブルデバイスメーカーの各社には、ユーザーにとって最適なデバイスの大きさ、アプリケーションがどのようにユーザーに寄与していけるかを考慮し、そのデバイスにとって最適な通信方法を選択し、製品開発に尽力してもらえるよう期待している。
著者プロフィール
Paul Gough(ポール・ゴフ)
u-blox AG
コーポレート・ストラテジーチーム所属。新規マーケットとテクノロジーの探索およびビジネス分析を担当。
研究職として25年以上の経験を有し、u-blox入社以前は、XeroxやPhilipsの研究チームにて、半導体モデリング、要件工学、携帯電話用ブラウザ、ウェアラブルエレクトロニクスに関する早期研究に携わった経歴を持つ。2008年にNXP/Philipsから独立した、GPSソフトウェアを提供するGeotateでのマネジメントチームに所属。その後2009年にu-bloxがGeotateを買収し、現在のポジションに就く。
u-bloxに勤務する傍ら、台湾の実践大学のファッションデザイン科の特任助教として、エレクトロニクスファッションの修士生向け研究会で教鞭を執る。
英国レスター大学にて理論物理学の学位を取得。