脱線した車両の復帰と収容

熊本駅南方で脱線した車両については、1両ずつジャッキで持ち上げてから横移動させ、線路上に戻す必要がある。それができて初めて、車両を移動して線路を空けることができる。そこまで作業が進まないと、現場付近での施設修復作業に取りかかれない。そこで必要となる脱線復旧作業については、各社とも訓練を実施しているので、必要な機材・資材・人手を確保し、かつ余震が収まってくれれば、作業の実施そのものに問題はない。

九州新幹線800系。熊本地震で1編成が脱線した

ただし、車両側の状況によっては、車輪を回して走らせられない可能性がある。そうした場合に備え、搬送用仮台車というものがある。金属製のフレームを使って車輪を受けて、直接レールに接しない状態にするものだ。車輪を受ける搬送用仮台車のフレームに小さな車輪が組み込まれているので、それを使って30km/h程度の低速で走れる。これがあれば、動けなくなった車両をとりあえず最寄りの車両基地に取り込むことができる。

ちなみに、搬送用仮台車の写真はJR東海のプレスリリース「東海道新幹線総合事故復旧訓練の実施について」の2ページ目「写真3」にある。

過去の震災復旧にかかった日数は

筆者は土木工事の専門家ではないし、「余震の終息」「必要な人手・資材・機材の確保」「資材・機材搬入ルートの確保」といった要因にも左右されることから、今回の九州新幹線に関して「何日で復旧できるだろう」という予測を立てることはできない。そこで、代わりといってはなんだが、過去の数字をいくつか示しておく。

1995年の阪神・淡路大震災では、発災から山陽新幹線の営業運転再開までに81日かかった。これが2004年の新潟県中越地震では68日、そして2011年の東日本大震災では、被災区間が前二者と比べてはるかに長かったにもかかわらず、49日で復旧にこぎつけた。その時点ではあちこちで速度制限が課せられる条件付き復旧ではあったが、復旧は復旧である。

これは、過去の地震被害の教訓を受けて構造物の強化が進められてきたため、被害が少なくなったことと、過去の復旧作業の経験を活用できたことが効いている。そのあたりの事情は今回の熊本地震でも同じだが、前述した不確定要因があるので、復旧の見通しが立つまでにはいくらか時間がかかると思われる。

施設の修復がすべて完了しても、いきなり営業列車を入れるわけではない。平常時でも月に数回のペースで行っていることだが、まず試験走行を実施し、電力・信号・通信・軌道の状態や動作に問題がないかどうか確認しなければならない。構造物を補修した箇所では、列車が通過したときに構造物にかかる負荷の計測も行われるだろう。

なお、博多~熊本間については、4月21日に石井啓一国土交通大臣が「新玉名駅の復旧工事が順調に進めば22日に終了する可能性がある。その場合、23日には試験走行を実施できる」との見通しをを示したと報じられた。その調子で作業が順調に進めば、大型連休前に運行を再開できるかもしれない。ただし、そうなると別の問題が出てくる。

車両をどうするかという問題

阪神・淡路大震災と異なり、今回の熊本地震は営業時間中の発災だったから、本線上で緊急停止した列車が何本かあった。当初、それらの列車は本線上に取り残された状態になっていただろうが、後日になって車両基地に取り込んだはずだ。

新幹線に限ったことではないが、鉄道車両を走らせる際は定期的な検査が必要になる。本線上に取り残された車両は、すでに仕業検査(48時間ごと)の期限が切れ、交番検査(30日ないしは3万km走行ごと)の期限も遠からず訪れる。だから車両だけあってもダメで、検査のための場所と人手、さらに交換部品・消耗品も確保しなければ運転再開できない。

4月20日から新水俣~鹿児島中央間で運行を再開したが、これはこの区間で車両と検修体制のめどがついたことを意味する。JR九州が公開している時刻表を見ると、2編成あれば対応できそうだ。川内駅南方にJR九州の川内新幹線車両センターがあるので、ここで仕業検査と交番検査を打つことができる。だから始発列車は川内発だし、最終列車は川内行だ。

では、試運転を行うところまで復旧の話が進んでいる博多~熊本間はどうか。車両は発災時点で熊本以北にいたものを使うとしても、検査をどうするかが問題になる。博多~熊本間にJR九州の車両基地はなく、JR西日本の博多総合車両所があるだけだ。

8両編成のN700系は山陽・九州新幹線を直通する「みずほ」「さくら」などに使用される

幸いなことに、8両編成のN700系ならJR西日本とJR九州が同一仕様のものを使用しているから、理屈の上では、どちらの所属であっても博多総合車両所で検査を打つことは可能だ。しかし、JR九州オリジナルの車両800系だとどうだろうか。そのことを考えると、博多~熊本間の運行再開に際しては、N700系を使うほうが無難そうである。

前述した通り、脱線や軌道変状といった事情から、熊本総合車両所への出入りが阻害される事態になっている。これを解決しなければ、熊本総合車両所の施設も、そこに留置してある車両も使えない。できるだけ早く熊本総合車両所への出入りを可能にし、そこにある施設と車両を使えるようにすること。これがクリティカルパスになると考えられる。

よしんば熊本~新八代間の復旧が遅れたとしても、熊本総合車両所が使えるようになれば車両面は楽になるのではないか。ただし、新水俣~鹿児島中央間で使用している車両が台車検査(18カ月あるいは60万km走行ごと)、あるいは全般検査(36カ月あるいは120万km走行ごと)の期限を迎えると、そのままでは運行できなくなってしまう。それまでに全面復旧して検修体制を元に戻せるかどうか。それが次の鍵になる。