「カビ」が花粉症患者を救う
前ページで紹介した林野庁の「3本の斧」。最後は「花粉飛散を抑える方法の研究を支援」するというものであった。花粉対策苗木への植え替えがなかなか進まない、植え替えしても効果が出るまで時間がかかる……こんな現実だけでは絶望しかないが、スギの花粉飛散そのものを抑えようとする研究も進められている。
そのひとつが、「スギ黒点病菌」(Sydowia japonica)というカビを利用した手法だ。森林総合研究所が農林水産技術会議から委託されて研究を始めた。このカビは雄花の花粉嚢(かふんのう)に入り込んで感染し、スギの花粉を栄養源として繁殖。雄花の細胞を破壊するため、雄花が開花できずに死んでしまい、花粉が飛散しなくなるという仕組みだ。
このカビを含んだ液体(以下、防止液と呼ぶ)をスギに対してまくと、枝単位で80%以上の雄花を枯死させることが明らかになっている。森林総合研究所の担当者によれば、「枝単位の実験では、防止液を散布しなかった場合に比べて花粉飛散量を90%以上抑制できた」とのこと。ちなみに、枝単位の実験では、「防止液を散布した枝(雄花が枯死した枝)」と「防止液を散布していない枝(生きた雄花が着いた枝)」の「伸長量と肥大量」に差がないことを確認したことから、木の生長には影響ないと考えられている。
現在は枝単位からもう少し範囲を広げて、1本の木全体で防止液の効果を発揮させる散布方法を研究している。ただ、樹木単位で実験が成功しても実用化にはまだ遠い。「林単位で雄花を枯死させることができるか、一度散布した後にどの程度の期間にわたって防止効果が持続するのか、といったことを引き続き検証する必要がある」と前出の担当者は説明。林単位での実験結果などを踏まえて、どういった森林から導入していくのが効果的か検討していく。
そのほかにも実用化に向けた課題がある。防止液をスギ林に散布するにあたって、微生物農薬として登録するための試験も必要となる。こういった点も考慮すると、「実用化には数年は必要」(前出の担当者)だという。
撲滅までの道は長い
最後になるが、花粉症を引き起こすのはスギ花粉だけではない。ヒノキやブタクサ、イネ、ヨモギなどの花粉もアレルゲンとして知られる。花粉に加えて、いまだに解明されつくしてはいないが、大気汚染や食生活の変化、ストレスなど、さまざまな要因が絡みあってアレルギー症状が発現すると指摘する研究者もいる。
そもそも、スギは子孫を増やすために花粉を風に乗せて運んでもらう風媒花だ。種の繁栄のために花粉を飛散させるだけであり、スギ自体は何も悪いことをしていない。日本人とスギの付き合いは長いというが、スギ花粉症は初例の報告から50年ちょっと(1964年に齋藤洋三による論文「栃木県日光地方におけるスギ花粉症 Japanese Cedar Pollinosis の発見」が発表された)。それなのに、こうして悪者扱いされるなんてちょっと不憫な役回りだといえる。
とはいえ、もはや見過ごせないほどの患者数がいるスギ花粉症。先述のとおり、林野庁はじめ各機関が花粉飛散量を少なくするための対策を進めてはいるが、効果が顕著に出るにはまだまだ時間がかかるだろう。
自衛手段としては、マスクを着ける、薬を服用する、食生活を改善するといった方法が思い浮かぶ。そのほかにもうひとつ、消費者として少花粉スギへの植え替えに寄与できるのが、国産木材を積極的に使うという方法だ。「売れれば伐れる、売れなければ伐れない。国産木材の需要復活とスギ花粉症対策は表裏一体の関係」だと林野庁の担当者は語る。
八方塞がりにも思える花粉症対策の現状。しかし、「花粉発生源対策」の予算は2016年度に約4億円へ拡大し、植え替えおよび花粉対策苗木の供給拡大が期待できそうだ。即効の対策があるわけではないが、かといってお先真っ暗でもない。画期的な特効薬や治療法の登場を待ち望みつつ、今できることを着実に積み重ね、将来に希望をつないでいくしかないのが現状だ。