試運転や訓練運転はどうするのか?

もちろんぶっつけ本番で新幹線を走らせることはできないので、すでに昨年夏から新青森~新函館北斗間で乗務員の訓練運転が行われている。ただし日中は在来線の列車が走っているから、夜間限定で、貨物列車の間隔が空く時間帯を確保して実施している。

深夜、真っ暗な中を走る北海道新幹線の訓練運転列車(筆者撮影)。といってもよくわからないかもしれないが、写真の下のほうに点々と明かりが並んでいるのがそれである

筆者も2015年9月下旬に青森を訪れた際、深夜に北海道新幹線の列車が走っているのを何回か目撃した。写真も撮ってみたが、なにしろ月明かりしかないところでの撮影だから、いわれてみないと新幹線が走っているとはわからない(筆者が目撃した夜には、JR東日本の電気軌道総合試験車「East i」も北海道新幹線内を走っていた)。

新幹線の試運転や訓練運転を行う際には、架線の電力を交流25,000V・50Hzに、信号保安システムをDS-ATCに、列車無線を新幹線用に、運行管理システムを「CYGNUS」に切り替える。この場合、「CYGNUS」は単独で動作しており、前後の在来線を担当する運行管理システムとは連携していない。

これで新幹線を走らせることはできるが、問題は貨物列車である。貨物列車を入れなくてもよいのであれば、線路閉鎖をかけて在来線からの進入を止めてしまえば済むが、それでは貨物列車が関わる試運転や訓練運転ができない。

そこで、貨物列車が関わる試運転や訓練運転の際には、電力・信通・運行管理のシステムを新幹線用に切り替える前に、貨物列車を木古内駅あるいは新中小国信号場に入れ、パンタグラフを降ろしてしまう。そして切り替え終わったらパンタグラフを上げて、新たな列車として「CYGNUS」の管理下で運転を再開する。

この状況を「CYGNUS」からみると、試験や訓練に使う貨物列車は木古内駅あるいは新中小国信号場で突如として湧いて出てくるようなもので、在来線から直通してくる列車とはいえない。そのため、貨物列車が共用走行区間「だけ」を走る試験や訓練はできるが、貨物列車が在来線と新幹線の間を直通する試験や訓練にはならない。そのままで開業を迎えるわけにはいかない。

そこで2015年12月31日から2016年1月1日にかけて「地上設備最終切替」の事前確認が行われた。電力・信通・運行管理のシステムをすべて北海道新幹線の開業後と同じ状態に切り替え、貨物列車が共用走行区間と在来線を直通走行できること、新幹線と貨物列車を走行させた状態で、電力・信通・運行管理といったシステムが正常に機能することを確認した。

このときにはシステム一式を北海道新幹線の開業後と同じ状態に切り替えたから、「CYGNUS」は在来線の運行管理システムとも連携させた。これにより、貨物列車は前後の在来線と共用走行区間との間を(いったんパンタグラフを降ろすようなことをしないで)直通できた。新幹線開業後の運行状態を再現できたわけだ。

1月1日、「地上設備最終切替」の事前確認で走行した貨物列車の試験列車。貨車の前後にEH800形を連結していた

このとき走った貨物列車は事前確認作業用に仕立てたもので、方向転換を容易に行えるように、最初から貨車の前後にEH800形を連結した「プッシュプル状態」になっていたそうだ。ちなみに、どうして大晦日から元日にかけて事前確認が行われたのかというと、物流需要が少なく、通常の貨物列車を運休させても支障が少なかったからだという。

開業までの4日間、「地上設備最終切替」で行う作業とは?

事前確認も行ったし、これで準備万端……かというと、もちろんそうではない。

海峡線を通過する寝台特急「カシオペア」、急行「はまなす」、特急「スーパー白鳥」「白鳥」はいずれも3月21日までにラストランを迎え、在来線としての海峡線はいったん旅客営業を終える。その翌日、北海道新幹線開業の4日前にあたる3月22日未明から「地上設備最終切替」を実施する。ここで電力・信通・運行管理のシステムを北海道新幹線開業後の状態に切り替えたら、もう元には戻さない。

その状態で在来線の運行管理システムと連携しながら、新幹線と貨物列車を滞りなく運行できることを確認する。そのため、3月22~25日の間も貨物列車は運行を継続する。そして新幹線も(乗客は乗せずに)運行する。これにより、新幹線と貨物列車を滞りなく混在運行できることを確認する。

つまり、最終的な検証のために北海道新幹線開業後と同じシステム構成・同じ運行形態にしようとすると、そこに在来線の旅客列車が割り込んできては困るのだ。なぜなら、在来線の旅客列車は北海道新幹線開業後には走らないからである。

じつは、システムを切り替えるだけなら4日も必要ないが、別の理由から4日間の余裕が必要になる。まず、万が一にも「動きませんでした」「不具合がありました」なんていうことになってはならないので、時間的な余裕を持たせる必要があるということ。そしてもうひとつ、運行管理システムのオペレーションに起因する事情がある。

先ほど運行管理システムについて説明した際、進路設定の機能に言及した。いわゆる「PRC」(Programed Route Control : 自動進路制御装置)のことで、事前にプログラムしておいたダイヤにもとづき、自動的に分岐器を切り替えて進路を構成する。この「事前にプログラム」が問題なのだ。

PRCは「予定ダイヤ」「当日」「実施ダイヤ」の3本立てで動いている。「予定ダイヤ」は前日までに準備しておくものだ。列車ダイヤは毎日同じというわけではなく、臨時列車が割り込むこともあれば、試運転列車が割り込むこともある。だから基本的な部分は共通するにしても、毎日、個別に用意する必要がある。

その「予定ダイヤ」にもとづいて列車を走らせるのが「当日」である。残る「実施ダイヤ」とは、実際に走らせた結果を記録するもの。ダイヤの乱れが皆無なら「予定ダイヤ」と「実施ダイヤ」は同じになるが、もしもダイヤの乱れが発生すれば、その結果が予定と異なるデータとして記録される。

ということは、ある日のPRC制御について、「予定ダイヤ~当日~実施ダイヤ記録」のシーケンスが問題なく回ることを確認するには、運行当日だけでなく、前日・翌日にもまたがった作業が必要になる。したがって、最低でも3日間は必要だ。

言葉で書くだけではわかりにくいから、表にしてみよう。ずっと書いていると際限がないので、開業翌日までとした。これにより、開業前に前述のシーケンスを2巡させられることがわかる(3巡目は3日目が開業初日に食い込む)。

3/22 3/23の予定ダイヤ          
3/23 3/23の本番 3/24の予定ダイヤ        
3/24 3/23の実施ダイヤ 3/24の本番 3/25の予定ダイヤ      
3/25   3/24の実施ダイヤ 3/25の本番 3/26の予定ダイヤ    
3/26     3/25の実施ダイヤ 3/26の本番 3/27の予定ダイヤ  
3/27       3/26の実施ダイヤ 3/27の本番 3/28の予定ダイヤ

こうした事情から、北海道新幹線では海峡線の終了から北海道新幹線の開業までの間に、旅客列車の空白が4日間、出現することになった。

従来の新幹線は在来線とは独立したシステムになっているから、並行在来線を運行しつつ、開業までに所定の試験を済ませるだけで済む。しかし、北海道新幹線の場合は話が違う。「地上設備最終切替」は、共用走行区間が存在する北海道新幹線ならではの特殊事情によって生じた作業なのだ。