うまくいかなければ「元に戻せる」という安心感

井上: 初めから、運用はうまくいきましたか。

青野: 制度を整える中で、社員から懸念があがってくることもありました。「あの人は、残業をする働き方を選んでいるのに全然残業していません」というような申告もありました。そんな時は、もちろん匿名にはしますが、みんなのいる場所で、「何のための制度なのか」ということを、オープンに議論します。必要であればワークショップを開いたりもする。そういう積み重ねをしながらみんなで腹に落としていきました。そこは、実はけっこう時間をかけているかもしれませんね。

井上: 制度を導入するにあたって、一時的に混乱が生じることをリスクと感じる企業も多いと思います。その混乱を乗り越えるポイントはありますか。

青野: 働き方の制度として、残業のある・なしを選べますよっていう発表をしたら、周囲から「みんなが残業なしを選んだらどうなるのですか」って言われましたが、みんながみんな、「残業なし」を選ぶわけがないじゃないですか(笑)。余裕がある人や仕事が残っている人は残業するわけだから、実際はそんなに1つの働き方に偏りません。実はそんなに痛みがないのに、痛みがあったらどうしようって思ってしまいがちなのではないかと思います。

だからサイボウズでは、制度を導入しても「うまくいかなければ変えます」と言っています。制度って導入したら固定化して動かせないイメージがありますが、「生ものにしましょうよ」と言っている。働き方は時代によって変わっていく、多様化もしていく、だから人事制度は毎年アップデートしていかなければならない、とすればいいわけです。今年やってみてうまくいかなかったらなしにするか、改善するということにしましょうねって、あらかじめみんなで合意しておくと、意外と一歩目に勇気が持てます。

「制度は”元に戻せる”と合意すれば一歩を踏み出せる」と話す青野氏

ジェットコースターってみんながお金払って乗りたがりますが、それは安全だとわかっているからですよね。もしかしたら3%の確率で死ぬかもしれませんってなったら乗らないでしょう。人間って安全だとわかったら、大胆になれるし、むしろ面白いと思える。制度の導入にあたって「安全だよ」って認識させるためには、「もしうまくいかなかったら、改善できるよ、元に戻せるよ」っていうことが必要です。それから部署限定で実施してみるとか。そうすれば、安全の範囲が確認できるから社員は「大丈夫だ」となる。

井上: 安心感っていうのは、「自分の働き方を否定されない」という安心感もきっと含んでいるんですよね。

青野: これまでの働き方を一気に否定して、一気に変えようとすると、みんなハードルが高すぎて超えられない。限定された範囲で過激なことをやってみて、面白いことが起きたら、いいね! とまねする。みんなが認め始めたら、全社展開するというやり方ですよね。

例えば、「リモートワーク」ってすごく抵抗のある企業が多いんですよ。みんなにさせたら仕事をサボるかもしれないって。懸念があるのもおっしゃる通り。しかし、春休み中はこの部署だけ、全員1週間マックスでテレワークをしてみましょうっていうとみんな面白がる。それで、夏休みにもやってみようってなっていったら、制度の使い方がうまくなってきて、使いこなせるようになるのです。

井上: 実施する部署はどうやって選びますか。

青野: 制度を導入したいと言った人がいる部署でやります。それはなぜかというと、その人が一番必要性を感じていると思うからです。

井上: せっかく若手がボトムアップで制度を変えていきたいと思っていても、部署の部長が嫌がるケースもあるような気がします。若手社員から意見があがってきて、マネージャーがそれを拒否した場合はどうしますか。

青野: 全体の方針として、サイボウズはグループウェアで世界のチームワークを高めると決めた。そしてそのために、働き方の多様性にチャレンジしていくと共通目標を決めました。それに沿ってマネジメントしてくださいっていうお願いをマネージャーにはしているので、メンバーの働き方の多様化を拒否するようなマネジメントをした場合にはマネージャーから外したということが過去、実態としてあります。

これをしないと、逆に言うと、メンバーは僕を見ている。働き方を多様化すると言っておきながら、やっぱりこういうマネージャーを残すんだ、許すんだ、となった瞬間にメンバーは誰も信じてくれなくなる。せっかく新しい多様な働き方にチャレンジしようとしている社員がいても、意欲がなくなってしまうので、そこはこだわりました。

「ワークライフバランス」だから「ハッピー」ではない

井上: 「ワークライフバランス」の推進によって、働くそれぞれの人がハッピーにならないと意味がないと思うのですが、個人のキャリアとか幸せ感、幸福感にどうつなげていくべきだと思いますか。

青野: 「働く」と「幸福度」の関係で僕には原体験があります。私が前の会社にいたとき、工場実習に行ったんですね。数カ月間、工場のラインに入ってネジをしめながら、物を作る体験をする。それがすごく嫌で。なんでこんなことしなければならないのかと、僕は思いました。しかし、一緒に工場で働いているメンバーは毎日楽しそうに会社に来て、組み立て作業して、弁当を食べて、にこやかに帰っていく。その姿を見て思うのは、みんな幸福に感じることは違うということ。すごくシンプルなことなんですね。

いろんな人にいろんな幸せの形があって、さらにその幸せは時期によって変わっていくかもしれない。「こうすればあなたは幸せになれます」みたいなことは、その人の中にしか答えがない。本人が考えて、本人が働きたいように、本人がやりたい仕事を、やりたい仲間と、やりたい技術を使って、本人が主張して獲得できるような社会を目指さないと、みんなが幸せになれない。「自立」という言葉を使うのですが、それをすごく思います。

青野氏は働き方の多様化に対応するために「自立」が必要だと語った

井上: たまに、「うちの会社に入れば幸せになれますよ」っていう会社がありますが、今、そういう価値観の時代ではない。会社っていう範囲でキャリアや仕事を考える時代ではないのでしょうね。少しずつシフトしているのかもしれない。

青野: 「ワークライフバランス」だから、「ハッピー」という話ではないですよね。インタビューを受けるとき、「サイボウズさんは社員に優しい会社ですね」って言われることがあって、かたくなに否定します。実際そうでもないんですよ。9通りの働き方から選べますよ、会社に来なくてもいいですよ、という制度になっているから、「じゃぁ私、何時に会社へ来ればいいですか? 」みたいな話になる。

そこで自分がどういう働き方をしたいのかを選んで、自己責任をとるという自立心を持たないといけない。だから、働き方を多様化していくっていうのは、下手したら不幸につながる。決めてくれた方が楽な人がいっぱいいるからです。働き方を多様化していくためには、社員の自立心を上げていかないといけない。そうしないと、不幸な人を量産することになる。やりながら実感しています。