ラジオは若年層リスナーを取り戻せるか

ラジオ受信機の普及状況に課題は残るが、従来のAM放送とラジコに加え、FM放送という新たなチャンネルを手に入れたAM放送局にとって、新規リスナー掘り起こしに向けた体制が充実したことは確実だ。これから重要になってくるのは、複数のチャンネルで放送している番組が潜在リスナーの耳に届くかどうか。リスナー増加に向けては、ラジオ離れが深刻化している若者の取り込みが不可欠となる。

「ラジオ原体験の喪失―」。ラジオを聴かないどころか、その存在すら知らない若者が増えている背景をTBSラジオの三宅氏はこう読み解く。中高生にもなれば、CDコンポ(あるいはラジカセ)を自室に導入するのが当たり前だったのは過去の話。スマートフォンやPCを通じた楽曲の購入・鑑賞が定着した現在、若者にとって(音楽の再生機器に付随したものを含む)ラジオ受信機が身近なものではなくなり、「ラジオでも聴いてみるか」という、リスナーになる第一歩を踏み出す機会自体が減りつつあるというのが三宅氏の見立てだ。

ラジオの聴取率をみてみると、若者とラジオの距離感がよく分かる。ビデオリサーチが発表した直近の調査結果によると、首都圏に住む12歳から69歳までの男女のうち、2015年10月19日からの一週間で、ラジオを実際に聴いた人の割合は平均すると5.8%。聴取率調査はアンケート形式であるため、ラジオを実際に聴いている人の正確な人数は不明だが、ラジオ業界では、首都圏の聴取率1%は約36万人に相当するとの見方がある。

年代別にみると、ラジオを聴く人の割合が高い50歳~69歳の聴取率は9.5%だったのに対し、若年層の聴取率は12歳~19歳が1.3%、20歳~34歳が2.6%と低水準。全世代平均の5.8%という数字にしてみても、十数年前は9%近くあったというから、ラジオを聴いている人数が一昔前に比べ減っているのは確実だ。ビデオリサーチがワイドFM開始後に実施した聴取率調査の結果は現時点で出ていない。ワイドFMにより聴取率が目に見えて向上するとしても、効果が現れるのは少し先になると関係者は予想する。

SNSの活用で若年層リスナーの取り込みを図るニッポン放送

SNSとラジオの親和性に期待

リスナー参加型の番組が多いラジオは、SNS的な性格を持ったメディアと捉えることもできる。かつての深夜放送ブームを牽引したニッポン放送が、現代の若年層リスナー獲得に向けて注目するのがSNSの活用だ。仕事や勉強をしながら聴けるのがラジオの良さだが、スマートフォンやPCの操作に忙しい現代の若者にもラジオを受け入れる素地はある。番組の公式ツイッターに人気パーソナリティの画像をアップしたり、SNS上で有名テーマパークとのコラボレーション企画を実施したりするなど、ニッポン放送はSNSを通じた新規リスナーの獲得に知恵を絞っている。

SNS関連の最近の動きとして、ニッポン放送はLINEが2015年12月に始めた動画配信サービス「LINE LIVE(以下、LIVE)」に立ち上げ当初から参画を表明した。2015年末には生放送の音楽ライブ番組をラジオとLIVEの双方で放送。LIVEはLINEユーザーとラジオを結び付けるツールともなるが、LINEはLIVEの収益化に広告を取り入れ、広告収入を配信者とシェアする方針を示しているため、LIVEが軌道に乗れば、ニッポン放送の新たな収益源に成長する可能性も出てくる。

FM波でのナイター中継が秘める可能性

在京AM3局にとって、ワイドFMで開拓すべきリスナーは若年層に限らない。ニッポン放送 広報室長の伊沢尚記氏によると、新規リスナー獲得に向けた直近のヤマ場は、プロ野球のナイター中継が始まる春の番組改編だ。在京3局にとって2016年は、シーズンを通じてFMでナイター中継を放送する最初の年となる。

在京AM3局は3月下旬からナイター中継を始めるが、音質の良いFM放送とスポーツ中継の親和性は高く、アピール次第では野球ファンをラジオに誘導する好機となる。ラジオでナイター中継を聴いていた層が、ワイドFMの開始を機に対応受信機を新たに購入する可能性もある。伊沢氏によると、在京3局に先駆けてFM補完放送を開始していたAM放送局からは、FMでのナイター中継について上々の手応えが伝わってきているという。

地域格差解消でコンテンツ勝負の首都圏AM放送

ワイドFMは首都圏における在京AM3局の放送環境を均一化する動きとしても注目だ。埼玉県にAM送信所を構えるTBSラジオと文化放送にとって、北関東は電波が届きやすい得意地域だが、神奈川県の一部など、東京都心の高層ビル群を挟んだ首都圏南部は歴史的に難聴地域となっていた。一方、千葉県の木更津市に送信所を持つニッポン放送にとって、東京湾を挟んで対岸の首都圏南部は電波を届けやすい地域だが、北関東や東京都の西部では場所によって電波の入りやすさに差があった。

FMでAMラジオ局の番組を聴く場合、首都圏では在京AM3局間に存在した聴取環境の地域格差が解消する。首都圏のAMリスナーにとってみれば、純粋にコンテンツの面白さによって放送局を選べる時代が到来したことになる。放送局もエリア戦略を進めている模様で、例えば文化放送では、ラジオ番組のリポーターやワイドFMの広告塔である「キューイチロー」を神奈川県に派遣するなど、関東南部での知名度向上に力を入れている。

声優を起用したコンテンツに特色のある文化放送。キューイチロー(右)は都内のイベントなどで稼働中

ラジオに馴染みのない層に訴求できるか

コンテンツの特色を各社各様の形で打ち出している在京AM3局だが、特筆すべきは文化放送の品揃えだ。文化放送は歴史的に声優をメインに据えた番組を豊富に取り揃えているが、声優のタレント化が進んだ昨今、これらの番組にはリスナーとスポンサーの双方から注目が集まっている。ゲームやアニメのファンが集う声優番組は、パーソナリティと商品のコラボレーションなど、さまざまな広告の仕掛けが考えられるコンテンツ。文化放送の田中氏は、アニメコンテンツとスポンサーの結びつきに今後も期待できるとの見方を示した

「最大の売り物は魅力的なコンテンツ」というのは在京3局共通の思いだが、ラジオ受信機の普及状況や、若者を中心とするラジオ自体の認知度低下により、番組が広く世間に伝わらない現状は続く。この現状を変えなければ、いかに充実したコンテンツが揃っていてもラジオの存在感は小さくなるばかりだ。ワイドFMが始まったという事実についても、ラジオを習慣的に聴いていない層に知れわたっているとはいいがたい。さまざまなメディアの登場により、個人の可処分時間の奪い合いは苛烈を極めるが、選択肢の一つとして、ラジオを世間に再認識させることこそが、ラジオ業界が取り組むべき最優先課題といえるだろう。