社内の公用語が英語になったり、海外の会社と取引をしたり、ビジネスの中で英語を使うことが日常になっている人も多い昨今。「英語のプロ」である翻訳者は、一体どのようなことに気をつけながら仕事を行っているのだろうか。話題の映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の訳を手がけたアンゼたかしさんに話を伺った。

<取材対象者>
アンゼたかし
映画『クリード チャンプを継ぐ男』『インターステラー』『ダークナイト ライジング』『ハングオーバー』シリーズ『シャーロック・ホームズ』シリーズ『マッドマックス 怒りのデスロード』(吹替・字幕)、『ホビット』シリーズ(字幕)、『ゼロ・グラビティ』『トータル・リコール』『永遠の僕たち』(吹替)、など多くの映画の字幕・吹き替え訳を担当。翻訳の専門校フェロー・アカデミー講師としても活躍している。

翻訳者に必要なのは、日本語力

――英語に興味を持たれたのは、何がきっかけだったんですか?

画像はイメージです

子どもの頃、家にあった洋楽のレコードの歌詞カードを見ていたので、その頃から興味を持っていました。職業にしようと思ったのは、大学時代です。就職活動の時期に、自分にはサラリーマンは無理かもしれないと思って。ずっと音楽が好きで、雑誌に載っている翻訳されたインタビュー記事を見て、この道もありかなと思いました。

――音楽の翻訳から、映画の翻訳もされるようになったわけですが、その違いはありましたか?

フリーになったばかりの頃は、CDのライナーノーツや歌詞を訳したりしてました。でも、歌詞はやっぱり難しかったですね。アーティストの世界観がわからないと、これはもっと意味が込められてるんじゃないかと悩んだり。韻を踏んでいることもありますしね。特にプログレの歌詞などは、これでいいのか? と……。

映画の翻訳も難しいですね。説明的にならないよう気をつけて、原文の英語と等価値の日本語で表現することを心がけています。

――英語の言葉も時代によって変わっていくこともあるのでは

それに対しては、興味を持って見ていくしかないですね。映画、音楽、ドラマ等々、常にアンテナをはるようにしています。

――そういうとき、仕事のことを思い出したりは

若干ありますね。頭の片隅には仕事のことがあるんでしょうね。ここの表記はどうなのかなと気になるときもありますが、楽しんで見ていますよ。

――映画の字幕には文字数制限などもありますが

文字数が決まっているから、ギリギリまで使うということではなく、その文字数の中で、できる限りの表現をすることを心がけています。短めのセリフでも、その映画の雰囲気を伝えられる訳がいいのではないかと。

「人食い男爵」は「あしゅら男爵」「オマツリ男爵」から思いついた!?

――アンゼさんは、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の訳を手掛けられたそうですが

面白かったですね。字幕の入っていない状態のものを試写で見たときに、これはすごいなと思いました。

――セリフは少なめでしたが……

あの映画はシチュエーションやキャラクターを説明するセリフも少なく、いろいろなことがギュっと詰め込まれているので、そんな中で、どう世界観を伝えるのかは苦労しましたね。

――人物の名前なども、悩まれたのでは

輸血袋なんかはそのままなのですが、例えば、人食い男爵の場合は、元が「ピープルイーター」で、直訳すると「人食い」です。武器将軍は「バレット・ファーマー」。「バレット・ファーマー」も、「ピープルイーター」も偉い立場じゃないですか。それで、そういえば『マジンガーZ』には、あしゅら男爵、ワンピースにはオマツリ男爵ってキャラがいたなと思って、仮のつもりで「ピープルイーター」に人食い男爵という名前でつけたら、採用されて。「ピープルイーター」が男爵ときたので、「バレット・ファーマー」の方は、将軍はどうだろうということで、武器将軍になったんです。

解釈の難しかった「Mediocre」

――『マッドマックス』では、「Witness me」というセリフも印象的でした

何度か出てくるセリフですが、「おれを目撃しろ」という意味なので、そのままで「オレを見ろ」ということになりました。

ほかにも、何度も出てくるセリフとしては、「Mediocre」というセリフがあるんですがこれは悩みましたね。直訳すると「平凡な、並の」ということなんですけど、ウォーボーイズの一人、ニュークスがはりきって失敗したときにイモータン・ジョーが言う「Mediocre」は、画に合わせて「間抜け」と訳しました。でも、ウォーボーイズのモーゾフが亡くなる場面で、同じくウォーボーイズのスリットも「Mediocre」と言っている。ここでは、「よく死んだ」と言う字幕にしたのですが、彼らは意味がわからなくて言っているのかもしれないし、イモータン・ジョーがいつも使っているから言ってるということかもしれないなと。

――いつもイモータンが言ってたから、なんとなく流行ってたとか影響されてたのかもしれないということでしょうか?

たぶん……。それと、ウォーボーイズたちは病弱なので、その死に方が悪い意味で平凡というわけではなく、彼らにとってふさわしい死に方をしたんだという記号でもあるのかもと思って「よく死んだ」と訳しました。