魔法の言葉「不当解雇!」
日本では残念ながらお馴染みとなってしまったリストラも、ペルーではそれほど簡単ではない。会社側に「業績が思わしくないので」と退職を勧められても、その申し出を受け入れるかどうかの判断は労働者の手に委ねられているのだ。会社から解雇を告げられた社員には、「1. 解雇手当を受け取って辞める」「2. 不当解雇として労働雇用促進省に訴える」のどちらかを選ぶ権利がある。ただし、2を選択すればほとんどの場合労働者側が勝訴すると言われているため、事実上解雇は不可能と嘆く人事担当者は多い。
もちろん、労働者側が1を選択すれば解雇は可能となるが、会社都合のため前述の解雇手当を支払う必要が生じる。「経営が厳しいから解雇手当はなし」などという会社側のエゴは許されず、不当解雇として訴えられ、賠償額を上乗せするハメになる。
懲戒解雇はどうだろう。オフィスのトイレに私物を忘れた顧客がいて、すぐ探しに戻ったが忘れ物が無くなっていたという例。防犯カメラには、顧客が去った後トイレに入った社員Bがはっきりと映っており、顧客が戻るまでの間はB以外に誰も出入りしていなかった。それでもBは犯行を否定。このケースでは、現行犯ではないため、もしくは状況証拠しかなく犯人と断定できないために、懲戒解雇はできない。
社員Cのコカイン所持が発覚した。しかし、ペルーでは成人であればコカインやマリファナの個人使用目的による所持が合法とされ、1度や2度では解雇することができない。「もちろん何度注意しても会社に持ってくるような常習犯は、さすがに懲戒解雇できますよ。正気を失って周囲に危害を加えたり、機密情報を外部に流してしまう可能性もありますからね」今回取材に応じてくれた現地企業の人事担当者は、ため息交じりにこう答えた。
転職は当たり前、流動的な労働市場
一方、ペルーでも正社員を有期契約で採用することはできる。有期契約が適用可能な職種は限定されているが、試用期間は終身雇用の場合と同じく3か月で、1年契約のケースが多い。しかし、有期契約を毎年更新していくと、勤続6年目以降は自動的に生涯雇用に移行する。これを防ぐため、5年目までに雇用契約を打ち切る企業は少なくない。また、契約期間満了以前に解雇した場合、企業は残りの期間の給与を補償しなければならない。
こうしてみると、有期契約社員は終身雇用の社員より損だと思うかもしれない。しかし、たとえ有期契約でも有給や病欠を始め、ほとんどの待遇は終身雇用と変わらない。労働者にとって転職に対するマイナスイメージはなく、好条件やスキルアップの機会があれば誰もがすぐに転職を考える。ペルーの労働市場は日本より遥かに流動的で、転職の数を見て人柄を疑われることはないのだ。
労働者寄りといっても、ペルーの労働法だけが突出している訳ではない。フランスやスペインでも有給休暇は30日ある。とはいえ、懲戒解雇はさておき、労働者が不当解雇の声を上げればほぼ勝訴する現状では、厚遇の謗りを免れないだろう。現行法は投資や雇用促進を妨げるとして、外資系企業を中心にさまざまな意見や改善要請が出されているものの、今後も労働者の権利を守るという労働雇用促進省の姿勢は変わっていない。2015年4月、社員10人以上の企業における正社員増加率は、前年同月比でわずか1.1%だった。ペルーの正社員数はこれからもなかなか増えそうにない。