ボケに大切なのは「大きさ」だけじゃない
APDフィルターは、鏡胴内に設置されている。これにより、ボケの中心から輪郭までのボケ足が長くなり、階調豊かな美しい背景ボケを描き出すことができる。富士フイルムのサイトにわかりやすい解説(その1、その2)があるので、参考にしてほしい。ただ、フィルター形状からもわかるとおり、鏡胴内部に「若干しぼった絞りが入る状態」になるため、設計上の絞り値が影響を受ける。
XF56mmF1.2 R APDの絞り環の写真をご覧いただきたい。白字の絞り値(設計値)の下に赤字で数値が書き込まれているのがわかるだろう。実は、これがAPDフィルターの影響を考慮した絞り値。この白字と赤字の数値差が大きいほど、APDフィルターの効果が発揮される。早い話が、もっともAPDフィルターの効果が大きいのは絞り開放での撮影時だ。逆に、F5.6以降では、APDフィルターの効果はほぼない。
先に「このレンズでは、絞り開放付近で撮影する機会が多くなる」と書いた理由はこれだ。そして、絞り開放値であるF1.2に相当する赤字はF1.7。したがって、フルサイズ判における85mm F1.8のレンズに近い、というのが理屈だ。
とはいえ、それはあくまで被写界深度やボケの大きさの話。APDフィルターによる圧倒的に滑らかなボケ足や、開放から文句なくシャープなピントの芯。立体感と透明感の頂点を目指すかのような繊細さには惚れ惚れする。人によっては、むしろ解像感があり過ぎると思うかもしれない。
実写作例は思い切ってポートレートのみ
「ちなみに筆者は、Xシリーズはその肌色再現性の高さと滑らかな質感表現能力から、人物が被写体でこそ本領を発揮するカメラだと思っている。Xマウントには、ひときわ美しいボケを生み出すアポダイゼーション・フィルターを採用した「XF56mm F1.2 R APD」があるのも魅力。こちらも、X-T10とのコンビネーションでぜひ使ってみたいレンズである」
と、以前、X-T10のレビューで書いたとおり、今回の実写作例は思い切ってポートレートのみとした。屋外撮影時の天候は曇天。日常の外出で友達や恋人を撮影することを想定している。
白い肌と艶やかな唇が魅力的なモデルさんなので、多くの写真が頬のハイライトを基準に露出を取っている。ただ、大口径レンズゆえかブラウスが白の場合は階調が飛びやすいので、露出のせめぎ合いが難しい。
最短撮影距離は70cmなので、それなりに寄った撮影も可能。ホワイトバランスを意図的にずらしてみたり、Xシリーズならではのフィルムシミュレーションを選んだりしながらの撮影は非常に楽しかった。
APS-Cで56mmという焦点距離は、街中では若干取り回し難い。全身を入れようと後ろに下がると、被写体との間に人が入り込んでしまったり……。ただし、街の雑踏やごちゃごちゃした背景をたやすく美しいボケ模様として整理できてしまうのは、たいへん心強い。
背景に玉ボケのある写真を見るとわかるとおり、決して大きなボケが得られるわけではないのだが、ボケ足の長さと階調のなだらかさから、背景をとてもキレイに整理できるのだ。ボケは大きさより美しさ。その選択は十分にアリだ。
それは屋内でも同様。窓から差し込む自然光で、十分に雰囲気ある写真を撮れるのは、F1.2という開放値と高度な光学設計、そしてAPDフィルターの恩恵だ。APDは一見「こだわり」に近い要素と思われがちだが、そのボケの美しさを目のあたりにすると、「ボケがざわつくレンズ」には戻れない。
XF56mmF1.2 R APDは、風景やスナップ撮影にも、十分に効果を発揮すると思う。が、やはりこのレンズは、ポートレートで使うのが一番幸せな気がする。ペットを撮るのもいい。XF56mmF1.2 R APDの表現力が、被写体へのあなたの想いも余すことなく描き出してくれるだろう。
なお、富士フイルムはレンズレンタルサービスを提供している。東京、大阪、福岡のサービスステーションに直接足を運べる人に限られてしまうが、XF56mmF1.2 R APDも含め、魅惑のXレンズを最大7泊8日まで、有償で借りられるのだ。当日返却なら、なんと無料。実売価格で15万円前後(筆者調べ)と、そうそう気軽に買えるレンズではないだけに、自分好みの描写かどうかを確認したうえで悩めるのは嬉しい。
とりあえず購入予定がない人にも、ぜひレンタルをおすすめしたい。XF56mmF1.2 R APDは、Xマウントユーザーなら一度は使ってみる価値のあるレンズである。
機材撮影 : 青木明子