宝物になった1通の手紙

関下さんにとって大満足の「年収350万円」。実はその答えが大失敗だったかもしれないとわかったのは、シティバンクに就職して3年目の30歳頃のことだった。

――シティバンクではどんなお仕事を?

最初はクレジットカード部門に配属されました。仕事の内容は書類の整理や電話対応、クレーム処理といった地味なものばかりでしたが、そういった仕事はこれまでたくさん経験していましたから、むしろお手のもの。「ちゃんとしたお給料や健康保険証があるって、なんて幸せなんだろう」と、幸せいっぱいでした。

ある日、「お宅は電話をたらい回しにして感じが悪いので、クレジットカードを解約する」という年配の男性からのクレームが私に回ってきました。そのお手紙の文字がとても美しかったので、私もお手紙で応えなくては、という気になって、上司に万年筆を借りて、お詫びと改善策などを書いて先様に送りました。そうしたら、「手紙に感動した。解約はやめる」とお返事がきたんです。この手紙は今も、宝物として大切にしています。

――そのお手紙を受け取ったのは何歳頃ですか?

29歳頃です。その頃から「せっかく銀行で働いているのだから、数字に携わる仕事をしたい」と考えるようになっていました。シティバンクでそういった仕事をしているのは、MBAの資格をもつなど、輝かしい経歴の持ち主ばかり。でも、このお手紙に勇気をもらって上司に掛け合ってみたら、「関下さんにはクレーム処理は向いていないと思っていました。経理の方に推薦しましょう」と。どうも、クレームのお客さまと話し込んでしまい、ノルマが果たせていなかったようです(笑)。

――外資系の銀行で、その中枢に関わる業務を任されたのですね

そうなんです。とはいえ、実は経理の知識はまったくなかったので、異動してすぐに大パニックに陥りました。例えば「借り方・貸し方」の意味さえまったくわからないというレベルです。でも、今さら仕事ができないとは言えません。そこで前任者のファイルを見て学びつつ、経理の専門学校に通い始めました。

――ちなみにその頃の年収は?

実は……その時点ではかなり低かったんです。その後、人事部に異動する前、ふとした拍子に同格の人の年収を知ってしまい、あまりの差に愕然として直属の上司に確認したんです。上司も「あれっ、これは低すぎるな」と、一緒に交渉してくれた結果、収入はうんと上がりました。30代になった頃のことです。

アラサー女性へのメッセージ

――年収イメージさえなかったところから、交渉ができるまでに。大きな進歩です

たしかにそうですね。考えてみれば、30歳前後でプライベートはもちろん、仕事の内容や働き方が劇的に変わったような気がします。

女性はいわゆる"アラサー"のときに、とくに大きな変化がやってきますよね。プライベートでも結婚、妊娠、出産などの変化が起こりますし、仕事でもキャリアアップ、転職、あるいはプライベートを優先して働き方を変えるなど、さまざまな選択を迫られます。

不安定で辛いかもしれないけれど、知っておいてほしいのは「何を選んでも失敗ではない」ということ。どの道を選んだとしても、面白いこと、楽しいことはかならずあります。「これだけが自分の成功」と決めつけないで、気の向くままに選べばいいんです。「いまは家庭に専念するとき」「いまは上司を勝たせるためにがんばるとき」と、そのときそのときで違うミッションに専念すればいい。「ちょっと違うな……」「もっとハッピーになりたい」と思ったら、また選び直せばいいんですから。


関下昌代
熊本県生まれ。熊本県立第一高校卒業後、住友信託銀行へ入行。その後、派遣・契約社員を経て、1989年シティバンク銀行へ転職。クレジットカード部門、銀行法人部門を経て、2001年人事部人材開発部門のアシスタント・バイスプレジデントに昇格。在職中に立教大学大学院で異文化コミュニケーション学修士取得。11年より神奈川大学非常勤講師。著書に『伸びる女と伸び悩む女の習慣』(明日香出版社)、『伸びている女性がやっている感情整理の新ルール』(KADOKAWA)ほか。ブログ:「伸びる女!」になる秘密