「マイファーストiPhone」としてのiPod touch
前置きが長くなったが、ここで話をiPod touchに戻そう。iPod touchでは、iPhoneに使われているSoCのうち、一世代前もしくは性能が劣るものが使われる。2012年秋のモデルではiPhone 4Sに使われていた「A5」が利用され、今年のモデルではiPhone 6に使われている「A8」が搭載されている。ともに、1年前に登場したiPhoneのSoCを低クロックで使っている。低クロックにしているのは、製造上その方が有利であり、コストダウンにもつながるからだ。新iPod touchと2012年モデルのパフォーマンスの違いは、ほぼSoCの進歩と歩調を合わせている、と考えて差し支えない。
だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜ、2013年と2014年にはiPod touchの新モデルがなかったのだろう? 正確には、2013年には1モデルのみ、2012年版の廉価版が用意されたのだが、本格的な新モデルはなかった。
ここで、アップルにおけるiPod touchの位置づけを理解しておく必要がある。
iPodといえばアップルの音楽機器のブランドだが、ことiPod touchについては、必ずしもそうとは言いかねる。iPhoneの登場以降、アップル製品の魅力は「iOS向けのアプリ」になっていった。アプリ、特にゲームの市場は急拡大した。アップルとしても、この機会に巨大市場であった「携帯ゲーム機」へチャレンジしたい、という意志が強く働いていた。家庭で楽しめる低価格版iPhoneとして登場した、という側面がある。その性格が強く現れていたのが、2012年版のiPod touchだった。
当時、アップル関係者は筆者にこう話した。「子供が最初に持つアップル製品がこれになる、と思っている。ネット機器としても、カメラとしてもこれを最初に触れる。だから本物じゃなきゃいけない」。
iPhoneと同じ要素を持ちつつ、低価格な「マイファーストiPhone」としての位置づけが重要だったわけだ。そうした要素がもっとも強く、「一般市場への拡大」を意識していた製品だと言える。例えば、2012年版には専用ストラップの「iPod touch loop」があった。これが用意された理由は「カメラならストラップがあるのが当たり前だろう?」(アップル関係者)ということだった。
しかし、その状況は2013年から2014年の間に、変化した。
スマートフォンは高価格モデル一辺倒ではなくなり、Androidを中心に低価格製品が増えていく。長期契約に伴う割引などを使えば、ハイエンドスマホでも安く入手できるようになる。市場がアップルに求めているのは低価格iPhoneであり、iPod touchではない、という状態だった。
そこで、アップルは一世代前のiPhoneを生産し続け、低価格機種として併売したり、プラスチックボディでシンプルな外観の「iPhone 5c」を製品化したり、というアプローチを採った。その製造にかかるコストと販売戦略を中心軸とした場合、iPod touchの新モデルを用意する意味は薄れていた。