川上:動きにも情報量ってあるんですか?
庵野:動きの情報量はあまり変わっていません。ただ、動かすものの情報量は変わっているんですね。
川上:難しいものを動かすと情報量も増える。
庵野:後は動きの情報量の中に、動きの気持ちよさというものもあります。動いていて気持ちいい。
川上:音の情報はどうですか?
庵野:音も増えています。昔ステレオだったものがドルビーになり、今は5.1chだったり、7.1chだったりで、いきなり後ろから音がする。『風立ちぬ』で宮さん(宮崎駿)が1.1chでやったんですね。音がうるさいから真ん中から出てくればいいんだと。それはわかるんです。映像はひとつなのに、色々な方向から音がすると気が散る――という。僕も1chでいいかとは思いますが、音の合成が難しくて散らばらせたくなる。それで言えば、5.1chや7.1chあった方がいいと思うし、特にスペクタクルものはそうですね。後からわっと音を鳴らしたり、すぐ近くで声を鳴らしたり。びっくりさせるのには使えます。
宮崎駿監督のうまさ
氷川:庵野さんから見て、スタジオカラーとスタジオジブリを比較するとどうですか?
庵野:宮さんはコンポジット(合成)にはあまり力を入れないんです。
氷川:作画とレイアウトで全部やっちゃう。
庵野:フィルム時代のものをデジタルで再現しようとしているんですね。あれ以上に踏み込もうとすると大変なんですが、僕はせっかくデジタルなのであれ以上のところに行きたい。せっかくデジタルなんだから、デジタルでしかできないことをやりたいんです。
氷川:『風立ちぬ』って撮影処理はほとんど入っていないんですね。背景と作画がしっかりしていれば、それだけで目が離せないんだと言われたような気がしました。
庵野:あれはあれでいいんです。『崖の上のポニョ』は、子供向けだからたぶん情報を減らしていました。線を減らして、代わりに車とかは描き込む。ああいう使い分けが宮崎さんは昔からうまいと思います。
『未来少年コナン』でしっかり描き込んだ巨大機ギガントと、影のない輪郭だけのコナンとラナが画面に一緒にいるのはすごい。背景だって描き込みを始めたのはTVの『ルパン三世』最終話「さらば愛しきルパンよ」だと思います。背景をリアルにしたり色々を宮崎さんが始めてしまった。新宿の戦闘シーンが、ぱっと見た時実写に見えたりするんですね。
川上:実写の世界には情報のコントロール的な考え方はないんですか?
庵野:実写の場合はそこにあるものを切り取るのがいいところなので。引くのか、バストアップなのか、そういうフレームと尺の長さに合わせてコントロールする。映像、アニメのいいところは、時間も含めてコントロールできるところ。時間も自由にできるのがアニメのいいところです。
川上:それならアニメでやればいいと思うんですが、庵野さんが実写もやるのはなぜでしょう?
庵野:自分でコントロールしていると、自分で思っている以上のものは出てこないんです。実写だと自分の思いもよらない、予想を超えたものが出てくることがあるんです。
川上:むしろ幅が広がるんですね。
氷川:実写はハンティング、アニメは農耕、という比喩がありますね。
庵野:黒澤明監督は気に入った空になるまで1週間待ったりしてましたからね。獲物が来るまで待つ。実写でもこだわる人はいます。
氷川:ただ最近は、CGがあるからそのあたりが難しいですね。
庵野:よくないですね。後はCGでなんとかする感じで、どんどんポスプロ(編集)の要素が大きくなっている。最近は実写の現場もアニメっぽくなっています。押井さんの言葉に「全ての映画はアニメになる」というものがあって、たまには押井さんもいいことを言いますね(笑)。
川上:海外の撮影現場はブルーバックとかで、しょぼくてがっかりしますからね。学芸会にしか見えない。
氷川:そういうスタジオ撮影では、これじゃあ演技ができないと帰ってしまう役者さんもいるとか。
庵野:気持ちはわかります。でも今はそちらが主流ですね。役者さんも大変だと思いますが、今の実写の現場だとコンポジットまでいかないと、撮っている人にもどんな映像になるかわからなかったりするんですね。
川上:カメラの人は映像を撮るだけ。
庵野:素材撮りです。今はコンポジットで全部決まってしまうんです。色も変えられるし、ライティングまで変えられますから。その分現場にはお金をかけられない流れができています。今はコンポジットの人が一番大変ですよ。