ソロアイドル全盛時に"路線なし"

斉藤を支えてきたスタッフとのやり取りにも、実に彼女らしいエピソードがある。まずはレコーディング中の話から。

「80年代のころは、"教える人と教えられる人"という関係だけでしたね。私はなかなか心を開けないタイプなので、自分の意見を言うこともなく、かしこまって『はい』と言うだけの距離感でした(笑)。ただディレクターさんは、『音程に気をつけて』とか、『リズム感がちょっと』とか、技術的なことは一切言わなかったんですよ。『そこから青空が見える感じで』とか、『校庭を一人ぼっちで歩いている感じで』とか、そんなディレクションをしてくれたので、とてもやりやすかったですね」

前述した初代マネージャー・市村さんとのエピソードからは、80年代のアイドル事情が垣間見えた。

「ホメてもらったことはなかったですね。サバサバしている人で、とにかくムチャ振り的な仕事をたくさん持ってきて大変でした(笑)。当時のアイドル業界は、『この子はフワフワ路線』とか、『お嬢様路線』とか、『ちょっとロック路線』とか、どうしても振り分けられがちだったんですけど、私にはそういう路線がなかったんですよ。元マネージャーさんが、『斉藤由貴の本質はいったいどんなところにあるのか?』とすごく真剣に考えてくれていて、一切型にはめようとしなかったんです。だから私自身も他のアイドルと比べたり、『自分はどんな路線かな』と考えたりしなくてすみました。ガサツでぶっきらぼうな人なんですけど、担当してもらえてよかったと思っています」

80年の松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵、81年の薬師丸ひろ子、伊藤つかさ、松本伊代、82年の小泉今日子、中森明菜、堀ちえみ、83年の富田靖子、いとうまい子、森尾由美、84年の菊池桃子、安田成美、荻野目洋子、そして85年の斉藤由貴、南野陽子、浅香唯、中山美穂……80年代前半は、現在のようなグループアイドルではなく、ソロアイドル全盛の時代だった。

その中でなぜ斉藤が抜きんでた存在感を放っていたのか。その陰には彼女の持つ魅力を考え、"路線なし"という独自路線を敷いた元マネージャーの手腕もあったのだろう。さらに、歌番組のエピソードは、やはり斉藤らしかった。

「いわゆる"ザ・芸能界"的な場所に立つと、アイドル的なこともやらなければいけないじゃないですか。たとえば、私は歌番組や雑誌の取材がすごく苦手で、周りにどんな歌手やアイドルの人がいても、いつも違和感がものすごくありました。歌番組のときも、歌って司会者さんとのやり取りをしたら、あとはひたすら黙って番組が終わるのを待っているだけでしたし、ひと言もしゃべらないこともしょっちゅう(笑)。周りの人が楽しそうにしゃべっていると、『どうしてみんな打ち解けて話せるんだろう。すごいなあ』って。今でも同じ仕事をしている人と、友だちみたいに話すのは苦手なんです」

美声でいられない唯一の瞬間とは?

斉藤は各方面から声の評価がとにかく高い。歌手としてだけでなく、ナレーターとしても、小田和正が手がける『クリスマスの約束』など、数多くの番組に参加している。さらに、80年代からカセットテープの「AXIA」、カップラーメンの「胸騒ぎチャーシュー」、初期パソコンの「NEC PC8800」、今では珍しい「ホットカルピス」、洗濯洗剤の「アタック」など、数えきれないほどのCMに起用され、歌やナレーションをこなしてきた。現在48歳だが、声の透明感は全く色あせていない。

「(懐かしそうに)パソコンのCM、ありましたね! 1台もらえたので、うれしかったんですが、使いこなせなくて結局、誰かにあげてしまいました。機械は今でも全然ダメなんですよ(笑)。周りの人に聞く限りでは、あのころからあまり声が変わってないみたいですね。私は外見的な面も含めて、情けないくらい何もケアしていなくて……美容院も一年に一回行けばいい方ですから。声に関しては、お酒を飲まない、タバコを吸わない、のどに悪そうな嗜好品をほとんど口にしない、というのが大きいかな」

どこまでも自然体なのだが、子どもの話を振ったとたん、テンションが上がり、表情がクルクル変わりはじめる。現在15歳の長男、11歳の長女、10歳の次女を育てる母だけに、家では持ち前の美声でいられないときもあるという。

「子どもに叫ぶことはありますよ。『ふざけんじゃないわよ!』みたいに怒鳴って、声が枯れてしまったこともありました。私、怒るときはすごく怖いし、こういう声ではないですから(笑)」

先月23日、『徹子の部屋』に出演したときも、ほとんどの時間を子どもの話に費やし、楽しそうに「大変だけど幸せです」「『やったー』って声に出して喜んでもらえるのもあと何年かな」と話していた。だからこそ、「歌手と女優を両立させながら、毎朝5時に起きてお弁当を作る」というハードな生活も苦にならないのだろう。

後編のテーマは、"女優・斉藤由貴"。「クドカンドラマの裏話」「実は月9ドラマ主演女優だった」「あの若手女優と焼き肉三昧」などの貴重なエピソードを紹介していくので、乞うご期待。

■斉藤由貴
1966年9月10日生まれ。神奈川県出身。身長161cm。1984年の第3回「ミスマガジン」でグランプリを受賞し芸能界入りし、翌年2月に「卒業」で歌手デビュー。同年4月スタートのドラマ『スケバン刑事』で連続ドラマ初主演を果たし、1986年のNHK連続テレビ小説『はね駒』ではヒロインを演じた。以後、数々のドラマ、映画に出演し、歌手やナレーションなど幅広い分野で活躍している。
■聞き手・文=木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ評論家、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。