喫煙習慣は4大疾患のすべてのリスクを高めてしまう

問診が終わると、具体的な治療方法を提示していくのかと思いきや、村松院長はタバコの害悪について詳しく解説していく。

「タバコの煙の中には70種類以上の発がん性物質が含まれていると言われています。細かく分析すればヒ素やダイオキシンなども検出されるんですよ。 たばこが原因の疾患でもっとも多いのが喉のがん。続いて肺がんや食道がんとなります。血液経由で発がん物質が全身に行き渡りますので、あらゆるがんになる可能性が高まっていきます。 他にも心筋梗塞や脳梗塞などを含めた日本人の4大死因すべてのリスクが高まるほか、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や認知症などにもなりやすくなります」

病の前兆は、喫煙者の体には既に表れているかもしれない。わかりやすいのは脳貧血だ。タバコを吸った人なら経験があるだろうが、数時間ぶりにタバコを吸った際、深く吸い込むと頭がクラっと来るはずだ。

それこそが脳貧血と呼ばれる状態であり、そのまま血流に大きな障害が発生すれば、脳梗塞を起こしてしまうことにもなりかねないのだという。

朝一番のタバコは、ニコチンへの依存度が高まっているサイン。

村松院長は取材用にこうした説明を行ったわけではない。いつも禁煙外来に訪れた患者の前で解説している。喫煙者なら情報内容の程度の差はあれ、どこかで耳にしたことがある話ではある。

しかし、専門家である医師に、体系立てられながら目の前で解説されると、話のリアリティが全く異なってくる。村松院長は続けて話す。

「タバコに含まれるニコチンは交感神経を刺激して、人を覚醒させる機能があります。喫煙者はその状態で体のバランスを取ってしまっているのですが、これは麻薬依存になっている人たちと変わらない状態といっても過言ではありません。 朝、起きてからすぐに一服するという人などは最たる例。睡眠中にニコチンを摂取しなかったので、不足したニコチンをいち早く摂取して体のバランスを取ろうとしているのです」

最初は軽い気分だったA山の表情から笑顔が消えていく。医師の生の声の効果は絶大なのである。

喫煙者の吐く息には、一酸化炭素が多く含まれる。

説明が終わると呼気に含まれる一酸化炭素(CO)濃度の測定に入る。COは大量に体に取り入れると短時間で死に至る有毒なガスだが、喫煙習慣のある人間は、呼気から日常的にCOを排出しているという。

ノンスモーカーは7ppm以下、ライトスモーカーは8~14ppm、ミドルスモーカは15~24ppm、ヘビースモーカーは25~34ppm以下、それ以上のCOが含まれると超ヘビースモーカーに位置付けられる。 A山の数値は12ppm。実は意外に少ない。

「タバコを吸った時間からどれだけ経ったか、あるいは日常的にどれだけ深く吸い込んでいるかによって数値は変わります。いずれにしても、12ppmなら常習的に喫煙している数値ですね」

試しに大昔は喫煙者だったが、現在はノンスモーカーの村松院長にCO濃度を測ってもらうと0ppmという結果になった。禁煙をすれば如実に変化が表れるのである。

その後はニコチン依存症診断テストに入る。

“Yes”の項目が規定数以上に達していることを確認したのを受け、村松院長は禁煙補助薬の使用を勧めた。

「治療を開始する前に、指定した日から禁煙をするという決意を表す『禁煙宣言書』にサインしてください。部屋に飾っていてもいいですよ。もちろん吸ってしまっても“針千本”飲まされるわけではないので安心してください!」

先生の愛のむちを受け、A山は恐る恐るサインをしていく。

卒煙することを余り強く思いつめる必要はない

最後に禁煙補助薬を処方してもらうが、その種類は大きく二つにわけられる。一つは「ニコチンパッチ」と呼ばれるニコチンが含まれるシールだ。

体に貼るシールを通して微量のニコチン摂取していくことで、ニコチンが不必要な状態にしていくというのがその狙いだ。

もう一つはニコチンの類似物質を使った飲み薬である。飲み続けると体がニコチンを欲することがなくなると同時に、タバコをまずく感じさせる力があるという。

「どちらも一長一短があり、パッチの場合はかぶれ等の症状が出る場合もありますし、飲み薬は吐き気を伴ってしまうケースがよくあります。 合わなければ薬を変えるなり、胃薬も処方するなど、いくらでも手がありますので、次に来院されるときにおっしゃってください」

基本的には5回の診療がセットだから、定期的に医師のもとに訪れて禁煙に関するアドバイスを受ければ、途中で諦めてしまいそうな心も支えてくれる。

ただ、A山はこの段階でもまだ自信がなさそうではあった。果たして自分でできるのだろうか……と不安な表情を浮かべるA山に、村松院長は「余り思いつめず、気楽に考えたほうが良いですよ」と助け舟を出してくれた。

人に迷惑をかけて喫煙しているのは忘れずに。

ただし、村松院長は「あなたがタバコを吸うことで周囲のみなさんにも迷惑をかけている。そのことは覚えておいてください。よく言われていますが、受動喫煙の害は本当に大きいんです」とも続け、受動喫煙の影響を示すビデオを見せてくれた。

単に横に座っているだけの非喫煙者が、意図しないうちに喫煙者に勝るとも劣らない量を吸い込んでしまう。その様子を見たことで、A山も決意を新たにする。

「好きで吸っているんだからいいだろ、と思っていたけど、自分のためにはもちろん、周りの人のためにもやめた方がいいことがよくわかったよ。これから3か月間、頑張ってみる!」禁煙を決意したA山の表情は晴れやかだった。村松院長との二人三脚で頑張って欲しい。

今回お話を聞いた中央内科クリニックとは?

東京・人形町で50年にわたって活躍し続けてきた地域密着型のクリニック。村松院長は呼吸器内科とアレルギー科の専門医であり、東京都医師会が組織する東京都医師会タバコ対策委員会の副委員長を務めるなど、喫煙や受動喫煙の有害性に関する啓発活動にも積極的に関わっている。