私はISSとスペースシャトルで滞在が15日間と比較的短かったんですけど、その間でもすぐに上下感覚が切り替わるんです。宇宙船の中では天井に明かりがあり、床に少し濃い色があって、"上下"は区別されているんですけど、それに関係なく、自分が宙ぶらりんになっていれば天井が自分にとっての"床"と思えて、自分はちゃんと立っているという感覚になります。だから、他の人にただ「上にあるものを取って」と言っても通じなくて、「あなたの上」とか「宇宙船の天井」と言わなくてはならないのですが、それにもすぐ慣れます。
会話をする時に相手と逆さまになって話すのも全然普通で、人の顔も真っ直ぐだけでなく逆さまになった顔で思い浮かべたり、そういった想像も変わってきます。身体的にも、重力がないと体液がどんどん上に動いていき筋肉も衰えるので脚が細くなり、反対に顔は"ムーンフェイス"と言われるようにむくんで丸くなるんです。
だから、脚は細く、頭は大きく、胴体は背骨と背骨の間隔が伸びるので長くなるという、宇宙人の想像図に出てくるような体型に近づくんです。本当に人が宇宙で生活していくと、姿も変わっていくのはあながち嘘ではないだろうと感じます。
――それが二世代目、三世代目と続けば、新しい能力を身につけても不思議ではないですね。
その意味では、中学生の頃に読んだ萩尾望都さんの『スター・レッド』などは火星での何世代にも渡る物語で、どんどん能力が変化していく話ですし、竹宮惠子さんの『地球(テラ)へ…』も、人が宇宙へ行くと新しい集団ができて、文化が生まれ……という内容です。これらもテクノロジーとは別の心理的な面で興味を持った作品です。
世界の多様な在りかたを考えるために
――将来的に、普通の人が普通に宇宙へ行けるようになるでしょうか?
あと一歩、二歩くらいでしょうかね。動き出せば早いと思います。飛行機だと1903年にライト兄弟が初飛行をした後、民間の利用が一般化するのに50~60年くらいかかりました。宇宙ではガガーリンさんが世界初の有人宇宙飛行をしたのが1961年、スペースシャトルの運用開始が1981年です。今は宇宙旅行用の宇宙船の開発も行われていて、申し込んでいる人も何百人といるようですが、一般の人にとって現実的な料金になるまでにあと20年くらいでしょうか。
――山崎さんもまた宇宙へ行きたいと思っていらっしゃいますか?
もちろん、行きたいです。旅行も良いですが、仕事でも行きたいですね。宇宙飛行士ですから。宇宙へ行くのに年齢制限はありません。
『プラネテス』という作品で、スペースデブリ(宇宙のゴミ)を掃除する会社が描かれていましたが、今は本当に宇宙を掃除する会社が作られて、現在は必要な技術を開発中です。アメリカでは小惑星で資源を発掘する企業も設立されました。国の宇宙飛行士だけでなく、民間が独自に宇宙飛行士を宇宙に派遣するという世界にあと10年20年でなってくると思います。その点でも、アニメやSFの世界を現実が追いかけているなと感じます。
――見て想像するだけでなく、現実的に足を踏み入れられる場所として、宇宙が身近になってくる時代なんですね。
私自身、子供の頃も今も、SF作品やアニメからすごく影響を受けて、本当に考えさせられてきたと思います。現実の中で接することができるのは今この時代、この場所の限られた世界でしかありませんが、作品の中では過去や未来や宇宙の果てなど、時間と空間の制限を超えて本当に幅広い世界に接することができるのが醍醐味だと思います。
私たちが今いる世界が全てではなく、色々な世界の在り方がたくさんあるんです。これからの世の中の在り方を決めていくのは私たち一人ひとり、特に若い世代の人たちであって、自分が何をするか、それでどんな未来になるのか、SFやアニメはそういった想像力を持つ力になると思います。宇宙の話に限らずいろいろな種類の作品に接して、考えていってほしいと思います。
■プロフィール
宇宙飛行士・山崎直子
千葉県松戸市生まれ。1999年国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年認定。2004年ソユーズ宇宙船運航技術者、2006年スペースシャトル搭乗運用技術者の資格を取得。2010年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号で宇宙へ。ISS組立補給ミッションSTS-131に従事した。2011年8月JAXA退職。内閣府宇宙政策委員会委員、日本宇宙少年団(YAC)アドバイザー、松戸市民会館名誉館長、立命館大学および女子美術大学客員教授などを務める。著書に『宇宙飛行士になる勉強法』(中央公論新社)、『夢をつなぐ』(角川書店)、『瑠璃色の星』(世界文化社)など。