「信頼できるコンピューター」グループもリストラ対象

もうひとつのリストラ対象がTrustworthy Computing グループ(以下、TwC)である。日本ではWindows XP "Service Pack 2 セキュリティ強化機能搭載"とサブタイトルが付けられたように、Microsoftはセキュリティの強化を2002年頃から始めていた。関係者に取材したところ、実際は1998年まで話はさかのぼるらしい。

その頃から社内でもセキュリティ強化を必要とする意見は少なくなかったが、設立契機となったのは、MicrosoftのWebサーバーであるIISをターゲットにしたマルウェア「Code Red」の存在だった。2001年7月には感染したPCの数は約36万台におよび、抜本的な改革が求められたという。その結果として当時CEOだったBill Gates氏はTwCグループを設立した。

Trustworthy Computingの公式ページ

Senior Advisor to the CEOであるCraig Mundie氏は、TwCの枠組みをホワイトペーパーとして残している。その内容はGates氏のリンクと同じくセキュリティやプライバシー、信頼性などを主軸としたものだ。現在のTwCはサイバー犯罪やプライバシー対策に加えて、開発ライフサイクルポリシーの策定、Microsoftのセキュリティ更新プログラムの監督を担っている。

Craig Mundie氏。「Trustworthy computing」の提唱者でもある

Foley氏の記事によれば、リストラ対象外となるエンジニアリングチームやTwCポリシー関連業務に就いていたスタッフの一部は、Cloud and EnterpriseチームもしくはLegal and Corporate Affairsチームに移籍するそうだ。

Foley氏も述べているように、この移籍に不安を覚えるユーザーは少なくない。ちょうど2014年8月のセキュリティ更新プログラムは、Windows 7/8/8.1が起動しないケースや、稼働中にBSoD(Blue Scree of Death)を起こすといったトラブルを招いたばかりである。今回だけのケアレスミスであれば、それほど気にする必要はないと思いたいが、約1年前の「KB2823324」でも、PCが起動しなくなる恐れが発生した。

確かにセキュリティホールを埋める作業は簡単だが、他のコンポーネントとの連動性や安定性の保持は過酷な作業である。また、読者が一番ご存じのとおりWindowsは、サードパーティー製アプリケーションの組み合わせや、設定によって影響幅が大きく変化するOSだ。エンドユーザーから見れば「それでもOSが起動しなくなるのは致命的」という意見が出てもおかしくないものの、セキュリティ"だけ"を重視した結果、本来求められる信頼性が欠落しつつあるのは否めない。

その答えは、TwC担当CVP(コーポレートバイスプレジデント)であるScott Charney氏が明らかにしている。同氏は公式ブログで「TwCチームはすべての責任を持つためにグループを統合し、Cloud and Enterprise部門の一部となる。その結果、SDL(信頼できるコンピューティングのセキュリティ開発ライフサイクル)や、OSA(オンライン・セキュリティ・アシュアランス)プログラムに反映され、顧客の安全につながる」とブログで述べた。

組織の再構成する理由をブログで述べたScott Charney氏

噂によればWindows 9(開発コード名:Threshold)をリリースする2015年春頃には、更新プログラムのリリースやサイクルの見直しを行いつつ、組織の再編成が予定されているという。もちろんMicrosoftは明言していないが、TwCチームがCloud and EnterpriseチームやLegal and Corporate Affairsチームに移籍するのもその一環だろう。

新CEOとしてのプレッシャー

これらのリストラが肥大化したMicrosoftをスリムアップし、他社と競える体制を再構築にあることは、改めて述べるまでもない。2011年にはSkype、2013年にはNokiaの携帯端末部門を買収し、従業員数は米国本社だけでも6万1,313人、全世界では12万7,104人(2014年6月時点)まで膨れ上がっている。ちなみに日本マイクロソフトの従業員数は2,182人だ。

Microsoftの第3四半期決算を見ると売上高は約204億ドル、第4四半期は約234億ドルと好調で、株価も37.16ドル(2014年1月2日)から47.52ドル(同年9月19日)と右肩上がり。1999年12月に付けた最高値58.719ドルに迫る勢いだ。Dow JonesもNASDAQも堅調であることを差し引いても上々の出来である。だが、Windows Vista以降の低迷期からの脱却や、新たなIT時代への追従、取締役会からのプレッシャーは、Nadella氏の肩に重くのし掛かっていることは急速な革新やリストラを見れば明らかだ。

当初筆者はNokiaの従業員を対象にしたリストラ、と高をくくっていた。そしてMicrosoftだけでなくHewlett-PackardやIBMなど他の大手企業も、近年はリストラや再配置を実施している。営利企業としては致し方ない。そのため、今回の研究所の閉鎖やTwCチームの再編成は、Nadella氏時代の新生Microsoftを目指すために、伴わなければならない痛みなのだろう。

だが、チーム再編成は致し方ないながらも、未来を見据えるために欠かせない基礎研究を行う研究所の閉鎖が、Microsoftの遠い未来に暗雲をもたらす遠縁になる可能性は拭い切れないはずだ。筆者の推測が夢想になることを祈りたい。

阿久津良和(Cactus)