"楽器屋"ヤマハの本領発揮、DSP技術「AudioEngine」
「sound by YAMAHA」を支えるもう1本の柱が「AudioEngine」だ。コンサートホールの設計で蓄えたノウハウ、世界各地で地道に積み上げた音響実測データに基づいて開発された、"楽器屋"としてのヤマハの本領が発揮されるひとつの技術体系といえる。
Audio EngineはDSPの一種であり、従来は半導体デバイスとして他企業に提供されてきた。Bluetoothスピーカーや薄型テレビなど、内外のAVメーカー向けに多数の採用実績もある。しかし2014年夏モデルのVALUESTAR NとLaVie L/S向けには、Windows用ソフトウェアの形で実装されている。「AVアンプなどにも使われている技術をWindowsのAPO(Audio Processing Object)※として実装した」(ヤマハ半導体事業部 石田厚司氏)とのことだ。
APO(Audio Processing Object)
オーディオ処理オブジェクト。Vista以降のWindowsでサポートされる音響補正用機構。ドライバに統合される形で実装されるため、利用可能なハードウェアは制限される
さらにAudio Engineはスピーカーの形状ごとに、つまりPCのモデルごとに機能の選別やチューニングが施されている。ただしAPOの仕様上、Audio Engineが機能するのは「sound by YAMAHA」が冠されたスピーカーのみで、イヤホンジャックなど他の経路で出力した音には適用されない。
VALUESTAR NとLaVie L/Sに実装されたAudio Engineは、大きく5つの要素に分類できる。ひとつは「AEQ(Acoustic total-linear EQ)」で、高精度に周波数の振幅特性を揃える働きを持つ。さらに時間軸をも補正することで、自然な定位感を再現できる。
「S3D(Spacious sound 3D)」は、ヤマハが持つ音響実測データをもとに作成したサラウンド技術だ。多数のスピーカーを使わず2台、つまりステレオスピーカーサラウンド空間を再現する。奥行きをも感じさせる自然な音が特徴だ。ほかにも、倍音成分で元の音を認識する脳の錯覚(ミッシングファンダメンタル)を利用して低音を感じさせる「HXT(Harmonics Enhancer Extended)」、人間の声を聴き取りやすくする「CLV(Clear Voice)」、音量レベル(音量差)を適正化・補正する技術「ADV(Adaptive Volume)」が用意される。
Audio Engineの機能はシステムの低位レイヤーに近いAPOで実現されるため、レイテンシーは低い。『CPUに負荷は生じるがグラフにわずかに現れる程度』(石田氏)と、現行VALUESTAR/LaVieのパワーをもってすれば、音楽や映画を楽しむには支障ないレベルといえる。
なにより注目したいのは、その効果だ。設定画面で「Live」を選べばライブ会場のように、「TV」を選べば人の声が聞きやすく聞こえることはさほど驚かないにしても、「Sports」を選ぶとその作り込み具合がわかる。例えばサッカーや野球の試合で「Live」をオンにすると、臨場感を再現すべくスタジアムの音場がワイドになる一方、実況中継するのアナウンサーの声の聞こえ方には変化がない。前述したAEQなりCLVなりの技術要素を慎重に調整した成果なのだろう。
豊岡工場ではヤマハの楽器も作られていた
実はスピーカー開発チームによる技術説明を受ける前、筆者を含めたメディア取材陣は豊岡工場内の一部を見学している。
工場と聞き条件反射で流れ作業を想像していた筆者だが、実際そこでは大半の部品を職人が手作業で製作しており(1枚の金属板を職人がハンマーで叩き続けトランペットのベルを形成していたとは!)、機械化されているのは研磨用マシンなど一部に過ぎない。
組み立て後の微妙な調整や音のチェックも職人の手で行われ、工場のイメージからは遠い「ほぼ手作り」と言っていいほどヒトの感覚が生かされた職場だった。NECPCに搭載されたスピーカーもDSP技術のAudioEngineも、またひとつの"楽器"といえるのかもしれない。