駒得か、駒の効率か
屋敷九段はプロ入り27年目の42歳。タイトル獲得の最年少記録を持つなど早熟の棋士として知られる。順位戦ではA級から陥落したものの、今もトップクラスの実力を持つ棋士だ。
Ponanzaは山本一成氏が開発した将棋プログラム。「世界コンピュータ将棋選手権」に参加して間もなく、頭角を現した。昨年の「将棋電王トーナメント」では予選含め全勝で優勝。また「100万円チャレンジ」でアマチュアを相手に166連勝するなど、その実力は広く知られている。今年は同じく将棋プログラムの開発者である下山晃氏とタッグを組み、電王戦に臨んだ。
対局が始まると、一風変わった立ち上がりから「横歩取り」と呼ばれる戦型に。横歩取りは数ある戦型の中でも特別激しく、序盤から双方に必殺の狙いが秘められている。第3局で豊島将之七段が勝った対局もこの形だった。
Ponanzaが少し変わった玉の囲い方をしたことで、定跡を外れて進む。飛車を持ち合う急な流れから、屋敷九段は駒損を承知で飛車を狙いにいった。Ponanzaは飛車1枚を差し出して金桂香を手に入れ、さらに桂を取って「4枚換え」の大きな駒得になる。そして△1六香(図1)と打ち露骨に角を取りにいったことで、結果的に駒得は金桂香得にまで膨らむ。これは相当な戦力差だ。
しかし、駒の数だけでは形勢が測れないのが将棋の難しさ。駒は適切な位置にいなければその価値が減るからだ。屋敷九段は駒の効率を拠り所にし、控室にいた棋士の多くは「先手よし」と判断した。一方で、Ponanzaおよび控室で稼働していたプログラム陣は「後手よし」と見ていた。まさに価値観の戦争である。
「ありがたい手」か、「悪くない手」か
戦いが終盤に入った。互いに守りが薄い状態でパンチを打ち合い、一発でもまともに入ればダウンしかねない、そんな局面が続く。ギリギリの死線をさまようのが横歩取りの怖さであり、また魅力でもある。
激戦が検討にも熱を注ぐ。控室は多くの関係者と報道陣でごった返し、ついに冷房が入れられたほどだ。そしてPonanzaが放った△7九銀(図2)に控室がどよめいた。まさに「王手は追う手」ではないか。「玉は包むように寄せよ」という金言の通り、闇雲に王手をかけないのが心得であり、玉を逃す手助けをしてしまう王手は悪い手とされる。屋敷九段も対局中は第一感「ありがたい」と感じた。
しかしこの場合は、玉を完全に逃してしまったわけではなかった。王手で追い出し、つり上げた末に、頭を押さえることができた(図2から▲9七玉△9六歩▲同玉△9五歩▲同玉△9四歩)からだ。見方を変えれば、上下の挟撃形を築いたとも言える。