初手を指す菅井五段

事前準備の難しさ、習甦の強さ

菅井五段は今回の将棋電王戦に出場する棋士では唯一となる生粋の振り飛車党。本局も5筋に飛車を振って中飛車に構えた。対して習甦は居飛車で受け、「対抗形」と呼ばれるオーソドックスな戦型に進む。

以前の展望記事でも述べたように、今回の将棋電王戦では昨年11月から対局当日までのプログラムの変更禁止と、棋士への事前提供がルールとして定められている。コンピュータ側にとっては厳しい条件だが、棋士側も「対策ができて当然」と見られるわけで、どれくらい準備をしたかという点は厳しい目で見られる。今回の対局にあたっては、菅井五段も習甦と200局以上の練習をして臨んだ。

(3月22日追記:持ち時間1~5時間では192局で95勝97敗。「200局以上」はそれよりも時間の少ない対局を含む)

「当日と同じ5時間の持ち時間では11局。あとは3~4時間や1時間の将棋ですね。時間を少し減らして対局したのは、そのペースで指せば当日時間をゆったり使えると思ったからです」(菅井五段)

11月からの4カ月で200局、それも1時間以上の持ち時間で指すというのは並大抵の労力では達成できないことだ。この努力の結果が出たというべきか、本局の展開は菅井五段にとって見たことのあるものになる。

図1:29手目▲7八飛まで

参考図:石田流

図1は序盤戦。習甦の△4三金と上がった陣形が珍しくプロ間ではほとんど見られないが、菅井五段は「1、2局経験があった」と話す。練習ではここから角を引いて7筋を交換し、石田流(参考図)の好形に組めていた。

だが、実戦で習甦が指したのは△7二飛。先手の7筋の動きに備えつつ、後手から動く手を見せた対応だ。菅井五段が習甦戦で初めて迎える局面だった。

「あとで聞いたら、習甦は持ち時間の設定が4時間と5時間では指し手が変わることがあるそうです。人間は1時間の差ではそこまで変わりませんから、驚きました」(菅井五段)

持ち時間が増えればコンピュータの思考時間も増える。消費時間のわずかな多寡が指し手に及ぼす影響を、菅井五段は正確に捉えていなかった。とはいえ、事前の準備どおりに進まなかったからといって、棋士が失望することはない。「いくら準備しても、本番では知らない形になる。それが勝負というものですよね」。菅井五段はさらりとそう言う。

10時20分ごろの控室の様子。左側に座るのは日本将棋連盟モバイル編集長の遠山雄亮五段、観戦記担当の先崎学八段

控室には「ponanza」開発者の山本一成氏(左)、下山晃氏の姿も

本譜の展開はざっくりと言えば「互いに力の出せる形」である。だが、コンピュータの強さを警戒する棋士からは「序盤を互角で折り返しては」という不安の声も出た。コンピュータと戦う際の指針のひとつに、比較的穴があるとされる序盤でリードを築き逃げ切るというものがある。しかし本局における習甦の指し回しに、はっきりとした穴は存在しなかった。それだけ習甦の序盤がうまかったということだ。

習甦は前回からの改良点として、評価関数(人間でいう大局観に相当するもの)の評価項目を大幅に増やして強化している。菅井五段は「習甦は昨年から十分強いという認識がありましたが、昨年とは強さがまるで違うと感じました。人間と人間の勝負では終盤力がものを言いますが、人間とコンピュータでは序盤の進歩が大きいんですね」と振り返った。

電王手くんを開発したデンソーウェーブの澤田洋祐氏(左)がニコニコ生放送に出演。現地リポーターは藤田綾女流初段(写真左)

対局者の昼食は「特選えびす御膳」(写真右)