松本氏:ハーロックは自分の中で生まれたキャラクターではありますが、モデルは世界中の、苦難に絶えながらがんばった人たちの思い。小さい頃から歴史の本が好きで、たくさん読むうちにそれが頭のなかで一体化して一人の人物になった。私の父も志を立ててパイロットになった男。そうした人々のように、未来に対する強い思いを持った男の夢を描きたいという願望が、ハーロックというキャラクターになっていったんです。
19世紀、江戸庶民の娯楽であった浮世絵がヨーロッパに伝わったことを始め、美術や武道などさまざまな日本文化がフランスにも受け入れられてきたが、1970年代以降のブームはそうしたことに興味がある人だけでなく、普通の子供たちの間に広まっていく形となった。それは松本氏がこれからの世界に願うことでもある。
松本氏:マンガ、アニメーションの世界には国境はありません。思想も宗教も民族も超えて、地球上全域でお互いがお互いの夢を語り合う世界なんです。国境を超え、お互いに楽しめる世界として、いろいろな作品が互いに交流して世界中に広まっていければと願っています。
この上映会が開催されたのは、2020年のオリンピック開催地が東京に決定した直後。オリンピックといえば、競技ばかりでなく芸術性の高い開会式・閉会式も世界中から注目される部分である。これにちなみ、世界的に人気の高い作品の作者である松本氏に芸術監督として活躍していただいてはどうか、とMCから質問が飛んだ。
フォール氏:いいアイディアだと思います。少なくともフランスのある世代にとっては松本作品が日本のマンガ・アニメの入り口になり、日本に親しみを持っています。また、ハーロックには普遍性があります。平和や正義を守るために戦う思想も、国境を越えて人々が交流するオリンピックに適っているのではないでしょうか。
松本氏:こればかりは、自分がやりたいと思ってもお声が掛かるかどうかは運命です(笑)。しかし、依頼があれば何でも死に物狂いでやる覚悟でおります。
以前、松本氏もインタビューを行った際も、頭の中には次の作品に向けた構想があり、もっとすごいものを作りたいと楽しそうに語っていた。新しいものに貪欲に取り組み、やるからにはやりきりたいという姿勢は全くブレることがない。
画業60年を祝う贈り物に「うれしいですねえ」
この後、フォール氏から松本氏の画業60年を祝うプレゼントが手渡された。箱から取り出されたのは、フランス産の60年もののワイン。松本氏がマンガを描き続けてきたのと同じだけの月日を過ごした1本だ。松本氏もそれには驚いた様子だった。
松本:うれしいですねぇ! ここには自分の青春の全てが詰まっているような気がします。
トークイベントも修了間近となったとき、フォール氏が観客席から一人の人物を招き入れた。なんと、松本氏にぜひお目にかかりたいと会場を訪れた、クリスチャン・マセ駐日フランス大使だ。
松本氏:少年の日のことを考えると、今日のことが夢のよう。その時にこのワインが生まれていたんですね。画業60年ですが、まだまだがんばらなくては。ちょうど新しい船に乗り、第二の船出が訪れたと思っております。旗を掲げる以上は、泣き言は言いません。世界中の方々と旅をしたいと思います。
以前の松本氏へのインタビューでも、氏の言葉は常に明瞭かつ謙虚に自身の仕事を語り、また前向きで力強く今後への希望を語る。新しい挑戦に貪欲で、やるからには良い者を目指し、泣き言は言わない。松本氏の人物そのものの魅力もまた、世界中で作品が愛される理由のひとつなのだろう。