――これまで様々な映画の音楽を制作してきた川井さんですが、ホラー作品の音楽を作るときに注意している点があれば教えて下さい。
矛盾していると思われるかもしれないのですが、あまり音楽的にならないようにすることですね。楽曲を制作する際に音楽的な観点から楽曲を作ってしまうと、作品と観客の間に距離が生まれてしまい、怖さがあまり際立たなくなってしまうような気がするんです。とにかくホラー映画は怖さが命ですから、観ている人が音楽を意識しないでストーリーに集中できるような作りにしているつもりです。
――映画音楽は、あくまで映像を際立たせるためのものだと。
そうですね。もちろん音楽が目立つ部分があっても良いとは思いますけど、ホラー映画の場合は、"涼しい部屋から灼熱の砂漠をみている"ような感じにしたくなくて。できれば映像のなかに観客も一緒にいるような印象を与えたいんです。例えば、この作品であれば、クロユリ団地に観ている人も住んでいて、すぐ隣で事件が起きているような感覚を味わってもらえれば、と思っているんです。
――音楽を作る際にはどんなことを考えているのですか。
映像を見て、どうやったらこのシーンが怖くなるかを考えるのはもちろんのこと、どうやったら、かっこ良くなるかを考えていますね。
――どうやったら"かっこ良くなるか"ですか?
はい。映像に音楽を合わせる際には特に考えますね、それが静かなシーンであろうとどんなシーンであろうと。この映像をかっこ良く見せるためには、深みを出すには、どうしたらいいんだろうかといつも考えています。
――川井さんは映画以外にも、アニメーションやゲームなどの音楽も手がけていますが、制作期間にはどのような違いがあるのでしょうか。
実写映画の場合は一番短いときで1週間というのがありましたね(笑)。そうなってしまう原因はいろいろありますけど、それでもポスプロのスケジュールに変更はないので、単純に楽曲制作の期間が短くなってしまうんですよ。アニメーションの場合は映像が完成しているケースは少ないんですけど、その場合でも絵コンテを撮影した映像を観ながら作りますから、ほぼ予定通りですね。ゲームの場合は映像と平行して音楽も作っていきますが、ムービーパート以外で映像と合わせることがないので、これも予定通り進みます。制作期間は内容によって大きく変わりますが、実写もアニメもゲームも作業内容は同じです。
――話は変わって、川井さん自身のことについてお伺いしたいのですが、川井さんが作曲家としてデビューしたキッカケを教えて下さい。
作曲家になってもう30年以上になりますね。最初はギターリストとしてやっていくつもりだったんです。自分の所属しているバンドがコンテストで優勝して、"これはプロとしてやっていけるんじゃないか!"という話になって。で、色々な制作会社に自分たちの音源をもって売り込んでいくうちに、徐々に企業CMなどの音楽をお願いされるようになったんです。そこが作曲家へのキッカケだったと思いますね。そういった仕事を依頼してくれていた音響会社から、実写映画の音楽をやってみないかという話をもらったんです。それが押井守監督の『紅い眼鏡/The Red Spectacles』(1987年)でした。僕にその話がきた理由は、ただ家に音楽が制作できる環境があって、安く請け負うことができたからなんですけどね。
――では、『紅い眼鏡/The Red Spectacles』が川井さんにとってのターニングポイントになった作品だったと。
仕事上では確かにそうかもしれませんね。ただ、その作品の後に『トワイライトQ』(1987年)という作品を押井さんと一緒に仕事をしたのですが、そこで押井さんとイメージの共有ができたという瞬間があったんです。あるシーンで偶然つけた音だったんですけど、コレいいね、とおっしゃってくれまして。押井さんと感性が合ったというか、その音がお互いにとって凄く気持ちの良い音だったんですね。なので、そういった意味では『トワイライトQ』という作品が僕にとって感性のターニングポイントだったかもしれませんね。
――それでは、最後にこれから作曲家として活躍していきたいと考えている若いクリエイターにアドバイスをお願いします。
自分の感性を信じることが大切だと思います。結局、自分の感性に逆らうことはできませんから。そして気持ちの良いと思えるものは積極的に取り入れるべきです。自分が気持良いと感じなければ、楽曲を作っていても楽しくないんですよね。その楽曲が良いか悪いかの判断は最終的には監督にしてもらうとしても、初期の段階では自分でするしかありませんから。なので、自分の感性をまず信じるしかないと思います。
(C)2013「クロユリ団地」製作委員会