コンピュータ、秒に追われて誤る
会場がざわめく。GPS将棋が王手をかけたのだ。
図5は平凡に攻めて勝ち、という局面である。そこで王手をかけたということは、GPS将棋が詰みを発見したからにほかならない。いよいよ終局か、GPS将棋2連覇、やはり800台超のクラスタは強かった……。そんなことをぼんやりと考えていたが、会場の空気が変わったことに気づくまでに、そう時間はかからなかった。
なんと、GPS将棋がBonanzaの玉を詰まし損ねたのである。スクリーンには王手をしのいだBonanzaが、逆にGPS将棋の玉に王手をかけている局面が映し出されていた。Bonanzaはまるで人間が時間勝ちを狙うときのように、王手ラッシュを繰り出していく。王手がなければ何かを1秒指しである。対してGPS将棋は時間を使いがちで、みるみるうちに持ち時間が減っていく。盤上はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。会場のどよめきも収まらない。
そして、ついにGPS将棋の時間が尽きた。運営側によって対局結果が確認され、Bonanzaの勝ちが判明する。開発者の保木さんが顔を覆う。時間切迫によりコンピュータが誤った末の時間切れ、大逆転という劇的な幕切れ。Bonanzaは2006年の初出場以来、7年ぶり2回目の優勝を勝ち取った。
保木氏は取材のインタビューに答え、最後の勝利について「まだ信じられないです」とコメント。次回の電王戦への意欲について尋ねられると、「どのプログラムもみんな強いので、特にBonanzaを、という気持ちはありません。ただ、機会が与えられるなら、とてもうれしいことです。ぜひお願いしたいです」と答えた。
GPS将棋に何が起こったのか?
勝勢の終盤戦から詰ましにいって誤り、まさかの転落。いったい、GPS将棋に何が起きていたのか。開発チームの金子知適氏に話を聞いた。
GPS将棋が詰みを見つけたことは事実だった。GPS将棋が決勝で使っていた803台のうち、3台は詰み探索専用のマシンである。これはあらゆる局面で詰みを探し(当然多くの場合は「詰みなし」だが)、詰みありとわかれば最初の1手を司令塔となるコンピュータに伝える、というものだ。
今回は図5の叩きが「詰みあり」と判断した結果の手だったのである。そしてこの詰み探索専用のマシンは、相手によって王手が解消されると、再び詰みを探し始める。非効率なようだが、詰みありと判明した局面プラス正しい初手からスタートするのだから、必ず詰みが見つかる。これを繰り返すうちに相手玉は詰むわけだ。
しかし、ここに落とし穴があった。最初の王手から進んだ局面で詰みを探したとき、すぐに答えが出なかったのだ。時間切迫によって着手を急いでいた司令塔は、詰み探索専用マシンの意見が出るより先に、通常探索マシンの意見を採用した。この結果、図6で銀の打ち場所を誤ったのである。
今年の選手権の結果は、優勝から順にBonanza(5勝2敗)、ponanza(5勝2敗)、GPS将棋(5勝2敗)、激指(4勝3敗)、NineDayFever(3勝4敗)、ツツカナ(3勝4敗)、習甦(2勝5敗)、YSS(1勝6敗)となった。昨年は上位に入賞できなかったBonanzaや激指といった実力者が、きっちり存在感を示したと言えるだろう。
実はBonanza、7年前の優勝の際も、決勝で対戦相手の激指が詰みを逃すハプニングに助けられている。勝つには運を味方につけることも必要。勝負は最後の最後まで何が起こるかわからない。だからあきらめてはいけない。コンピュータからこうした人間くさい教訓が得られるのだから、なんとも不思議な世界である。
これからもコンピュータ将棋が強くなっていくことは間違いない。私たちはより多くのいい将棋を見ることができるだろう。次はどんなドラマが生まれるのか、今から来年が楽しみでならない。