3本目の矢は「成長戦略」、6月に「骨太の方針」として発表
――安倍首相が首相になって約4カ月ですか、人々の気持ちが変わってきたというところで、ダメ押しみたいな形で黒田総裁の金融政策があったということですね。ここまで、なぜ円安・株高が続いているのかという話を最初にお聞きしましたが、そもそも、「アベノミクス」とは何なのでしょう。まず、金融緩和をするというのは分かったのですが。
アベノミクスには基本的に3本の矢というのがあって、1本目の矢が金融緩和、大胆な緩和によって景気を刺激するということ。日銀にインフレターゲットをもうけさせ、それに向かって果敢な緩和を実行するということに今、成功しつつある。インフレが本当に2年で2%になるかどうかはこれからの課題ですが、実際に日銀を動かすことはできたということです。
2本目の矢というのが財政出動で、政府のお金を使って景気を刺激しましょうということです。これは既に予算もあり、それが今後どうやって景気に反映されるかです。1本目と2本目はほぼ確定している形です。
3本目の矢は成長戦略ということで、幾つか具体案は出てきているのが、成長戦略というのは極めてふわっとした表現で、やらなければいけないことが多くあります。例えばTTPであったりとか、規制緩和であったりとか、税制の改革であったりとか、そういった内容のものが少しずつ出てきています。
例えば、日本の大手企業からベンチャー企業への投資を促すため、投資額に応じて法人税を軽減するなどの税制改革を行うなど、個別では既に発表されている制度改革案もありますが、それらを総合的にまとめた成長戦略、いわゆる「骨太の方針」が6月に発表される予定です。成長戦略にはこうした税制の改革や、規制緩和などの構造改革が含まれますが、規制緩和はこれまで「規制」によって守られてきた勢力や産業界からは反対される可能性もあるわけで、非常に難しいことも事実です。
そこを安倍首相が、政治的な判断で日本にとって必要なことだということを説得して、今のところTTPまではうまくいっていますが、本当に実行できるのかどうかというところが、試されるわけです。7月に参院選も控えていますので、中途半端な内容だと支持率が下がる可能性もありますので、そこは思い切ったことをやってくれるだろうという期待があります。
「アベノミクス」の矢の1本目、2本目だけだと、来年の景気は悪くなる可能性も
――「アベノミクス」が本当に効果をあげるには、「3本目の矢」が実現するかどうかにかかっているわけですね
景気をよくするということは並大抵の話ではありません。今年は恐らく、財政出動でお金も使うし、金融緩和もしたし、円安だし、景気はよくなるよねと。ですが、問題は来年です。来年4月には消費税を引き上げられる可能性が高いですし、公共投資はお金を使い終わったら、反動で景気が悪くなってしまいます。したがって、「アベノミクス」の矢の1本目、2本目だけですと、来年の景気は悪くなってしまう可能性が高いのです。だからこそ、日本経済を息の長い成長に持っていくために、根本的な改革である3本目の矢が重要なのです。誰もが注目しているのは、実はそういう理由からです。
――6月の経済財政諮問会議、他にもいろいろ会議はありますけれども、「骨太の方針」は最も重要なわけですね。抵抗勢力というのがあるわけですね。
あると思います。規制緩和や改革のところは難しいと思います。そこをちゃんとできるかが重要です。規制によって守られている人がいるわけですから、守られなくなってしまたら困りますよね。安倍首相が今回うまく形を変えたのは、TPPも成長戦略の一環であると言って、質の高い農業を海外に持っていくんだという話に切り替えて、反対しづらくさせているわけです。日本のためになるのだから、というわけです。そこは政治家の腕の見せ所ですから、踏み込んだ内容の成長戦略を6月にも発表できるのかどうかということです。3本の矢がそろって初めて「アベノミクス」が実現されるわけで、それがうまくいけば、日本にとってはプラスの状況になります。
米国の要因もあり、「円安トレンド」は続く可能性
――問題は来年以降ということところなんですね。それで3本の矢が一番大切であるということですね。では、為替はどうなんでしょうか。今円安になっていますが、この成長戦略がうまくいかなかったらまた円高になる恐れはあるのでしょうか?
あるかもしれないですね。成長戦略が期待外れだと、株が下がったり、円高にいったりする可能性があるかもしれません。黒田総裁が日銀の金融緩和で、今できることはすべてやったという言い方をされていますので、また4月末に日銀の政策決定会合がありますけれども、毎回何か衝撃的なことをするというわけにはいかないので、これからは基本的に何か問題が起きたときに、大胆な政策を打ち出すということだと思います。
そういうところで、円高の芽が取り払われるということはあると思いますし、あとはリスクがあるとすれば7月の参院選のときに、与党が勝ってねじれが解消されると、アベノミクスが実行されやすくなり、円安に進みやすくなると思うのですが、そういうシナリオで進まず支持率が低下した場合は一旦円高になるということもあるかもしれません。
なぜ再び円高トレンドに戻る可能性が低いかというと、周りを取り巻く環境が変わってきているからです。先ほど申し上げたように、例えば米国の景気が順調であると、米国の量的緩和が落ち着いてドル高要因となりますから、円高には行きにくいということが一つあります。
そもそも日本の構造問題、経済構造はかなり変わってきていて、年間ベースでは経常収支は黒字ですが、黒字が大分減ってきていて、赤字になっている月もある。日本が外でお金を稼がない国になってきている。ということは、外で金を稼いでいるからこそ、輸出企業であればドルを円に換えて日本の従業員に払ったり、設備投資をするわけですから、円高圧力になります。つまり、経常収支の黒字が大きいということは、そのまま円高要因になりやすかったわけですけれども、それが貿易収支が常に赤字の状態、赤字が恒常化している状態で、経常収支の黒字も減ってきているということが、そもそも円安要因なのです。
――円安は、日本国内の要因だけではないわけですね。例えばヨーロッパとか中国とか、そういうところも関係はあるのですか。
関係あります。いまだに欧州については債務不履行問題は終わっていないので、イタリアの選挙で与党が負けるといきなり円高になるとか、リスク回避ということも投資家の元気がなくなると日本の場合は外に投資しているお金が戻ってきてしまうことで円高になるとか、そういう傾向はいまだにみられます。市場はグローバルですので、起きていることがドル円相場にも影響します。ただ、ドル円相場のテーマというのはアベノミクスであり、米国の緩和の方向であったりということですので、一時的なブレの範囲と思っていいのではないかなと思います。
――そうなんですね。大まかにいえば、円安トレンドというのはしばらく続くということですね。安倍首相が描いたシナリオどおりに進んでいる部分もありますが、幸運な部分もあるんですね。
1本目の矢、2本目の矢がシナリオどおりに進んでいるということが大事で、人事もうまくいっています。ハードルもありますが、一つ一つ超えているということは評価に価すると思います。ただ、タイミング的には周りの環境がよかったということもあるでしょう。
為替レートの変動は「スピード」が重要
――円安トレンドは変わらないということですが、日本にとって円安がいいのか、円高がいいのか議論があると思うのですが、資源が高くなって、輸入品が高くなってとかあると思うのですが、尾河さんの方から見てどっちがいいということはなかなか言いづらいと思うのですが、どれぐらいが適正なのでしょうか。
それは難しい問題で、よく言われるんですけれども、適正水準というのは基本的にないと思います。あらゆる人にとって、あらゆる立場で適正なレートは異なるわけです。ただ、一つの大きな問題だったのは、円高によって、円高ゆえのデフレスパイラル、つまり、製造業の輸出競争力が低下して、収益力が落ち、賃金も低下して、景気が悪くなるという状況が日本の景気にとって明らかにまずかったということです。これを脱却しなければいけないということで、とりあえず円安に持っていくんだということだったと思います。
そもそも通貨の価値が高すぎると、日本の物価が下がって通貨の価値は高いままなわけですから、物が安くしか売れなくて、物価がどんどん下がって、儲けがないので賃金が下がっていくし、人もお金を使わなくなるしという、デフレスパイラルを断ち切るというのが今回のポイントだったわけです。
適正水準の唯一の目安になるとすれば、経済産業省が出している企業行動に対するアンケート調査というデータがあり、それを見ると2009年以降、輸出企業から見た話ではありますけれども、採算レートを大幅に上回る円高というか、採算割れしている状態が4年連続で起こっているわけです。これは日本にとって行き過ぎた円高でした。企業はコストカットを一生懸命やってきた中でさらに円高が進んでいるという状況、そのスピードの問題が非常に重要でした。採算割れしているのが2009年ですが、上半期が95円の半ばぐらいですが、その辺を上回る円高は明らかに行きすぎていました。円安も一気に120円となったら、輸入企業が困りますし、やはりスピードの問題だと思います。
――今の状況はそこまでではない。
はい。その水準でいってもしょうがないのかもしれないですけれども、リーマン前の124円台というのがありましたから、そこから考えれば100円というのはすごく円安というわけではないですね。
いかがだっただろうか。円安・株高が進んだ要因や、「アベノミクス」はまだまだこれからが本番で、その行方を占うのが、3本目の矢である「成長戦略」であることが分かっていただけたのではないだろうか。
次回は、こうした状況を受けて、個人が自分の持っているお金をどのように運用していけばいいかなどについて、シティバンク銀行のリレーションシップマネージャーの荒木孝浩氏にインタビューした内容を紹介したい。