ソフトバンクによるSprint買収は調達力強化によるコスト圧縮と投資によるインフラ強化で、収益改善とカバーエリア強化を中長期的に実現していくのに対し、DishによるSprint買収は携帯とTV料金の支払い統合のほか、モバイル向けコンテンツサービス拡充という結果が短期に返ってくる点でユーザーにわかりやすい。米国では特にTVコンテンツに対するニーズが高いため、これがさまざまな形でユーザーに還元されるメリットが享受できる。 とはいえ、「モバイルでTV」というサービスがどこまでユーザーの支持を得られるかは微妙だという見方もある。例えば全米トップの携帯電話キャリアである米Verizon Wirelessは、昨年2012年末にVcastサービスから撤退を表明している。Vcastとは、同社携帯電話ネットワークを介してモバイル端末でTVプログラムを楽しむためのサービスであり、同社が3Gサービス開始とともに肝煎りでスタートしたものだ。

VentureBeatによればいくつか原因が考えられるものの、携帯電話回線を使ってのTV放送が帯域や設備投資的に厳しかったこと、そして思ったほどの利益を生むものではなかったことを挙げている。筆者の意見でいえば、Vcast受信自体にサブスクリプション料金が必要なほか、放送受信のためのデータ通信が(現在では従量制を採用しているため)別途請求される時点で料金ハードルが高く、使い勝手も相まってユーザーの支持を得られなかったと考えている。現在では回線事情も状況が異なるため一概にはいえないが、TV放送を単純に携帯回線に載せるタイプのサービスがユーザーに受け入れられるのは難しいと思われる。

一方でストリーミングタイプのNetflixやRedboxなどは、その手軽さからユーザーからの支持を得てシェアを拡大し続けている。もしDishがモバイルTVサービスを成功させたい場合、こうした戦力を研究しつつ、いかに自身のビジネスモデルに取り込めるかが鍵となる。

ソフトバンクによるSprint買収の行方

今回のDishによる買収提案を受け、Sprintの株価は前日までの6.22ドル程度の水準から4月15日(米国時間)の取引開始時には7.3ドル以上の水準まで急上昇した(終値は7.06ドル)。前述Wall Street Journalの報道によれば、Dishの提案は1株あたり6.95ドルで、この水準を大幅に上回る。Dishの提案をきっかけにSprintの買収合戦が発生する可能性が高く、それに相乗りすべく投資家らが一気に集まったという推測だ。

Dish会長のErgen氏は同社によるSprint買収を「業界を変革するもの」と説明しているが、ユーザーに対する最大のわかりやすいメリットは「コンテンツバンドル」戦略だ。一方でソフトバンク側の提案は投資最大化と回線事情の改善であり、「コンテンツvs.インフラ整備」の戦いともいえる。両社ともに、今後は互いの買収によるメリットをアピールしていく形となり、株主らを説得する材料とするだろう。

同件についてソフトバンクでは、「Sprintとの合意内容は短期的かつ長期的に同社株主により利益を提供できるものであり、Dish側の提案は前提条件が非常に多く準備段階に過ぎない」と短い声明文を発表している。また、これまで2013年後半としていたSprintとの取引合意について7月1日に完了する予定であることを初めて公開した。Dish側の具体的条件は不明ながらも、買収完了前に駆け込みで提案を差し込んできた様子がうかがえる。

どちらが有利かは現時点で明言できないが、おそらくはDishによる買収成立は難しいながらも、ソフトバンク側も買収金額つり上げによる妨害や買収完了までにかかる時間がさらに長引く可能性が考えられる。Reutersの記事にあるように、今回のDishによる敵対買収提案が株主らの取引への一斉介入を招く呼び水になっているという声がある。この直前に創業者と投資会社らが共同でDellの株買い付けによる上場廃止を進めていた一件があるが、これがCarl Icahn氏をはじめとする一部投資家らの介入を招いたことで買収金額が大幅に吊り上げられる事態が発生し、交渉が難航している状況にある。

今回のSprint買収の件もまた、こうした一部投資家らの過剰介入を招く危険性があるといえる。またWall Street Journalでも指摘があるが、ソフトバンクでは当初用意した200億ドルに関しては為替予約で問題ないものの、現在では大幅に円安が進んでしまっており、さらなる買収資金積み上げは同社にとって大きな重石となる。