後に続く機能を先取りしたWindows 2.1

Windows 2.0時代のOSシェアはDOSが圧倒的で、MicrosoftはWindows OSの更なる改良を求められていました。1988年6月には、メモリ管理機能を大幅に向上させたWindows 2.1をリリースします。同2.0とは異なり、従来のIntel 80286向けを「Windows 2.1/286」、Intel 80386向けを「Windows 2.1/386」と改称し、二つのパッケージを販売しました。ちなみに日本国内でもWindows 2.0はリリースされましたが、バージョン2.1のようなプロセッサ別の販売は行われず、あくまでもIntel 80286上での動作を前提にしていたため、日本語版はWindows 2.xという表記がそのまま使用されました(図04)。

図04 Windows 2.1のデスクトップ。外観に変化はありませんが、内部的な改良が大きく加わりました

メモリ管理の強化と述べたのは、Windows/286 2.1がXMS(eXtended Memory Specification:メモリ拡張管理方法の一種)の規格に含まれるHMA(High Memory Area)へ対応したからです。そもそもWindows/386 2.0の時点でXMSをサポートしていましたが、HMAのサポートで使用可能なメモリ領域が拡大し、より快適な使用環境となりました。MS-DOSに触れたことがある方ならご存じのとおり、「HIMEM.SYS」が用意されたのはWindows 2.1からです。

なお、XMSを始めとするメモリ管理方法は当時のMS-DOSにもフィードバックされ、Microsoft主導で開発したMS-DOS 5.0でXMSをサポート。MS-DOS本体の一部をHMAへ、デバイスドライバーなどをUMB(Upper Memory Area)に待避させることで、ユーザーが使用できるコンベンショナルメモリが50キロバイトほど拡大しました。

Windows 2.1の登場で興味深いのが、Windows 2.1/386における実装です。後のWindows 3.xから導入されるVxD(Virtual Device Driver:仮想デバイスドライバ)や、VMM(Virtual Machine Monitor:仮想マシンモニター)といった新技術を同OSは実装していました。Windows 2.1/386で複数のMS-DOSアプリケーションを実行する際、各アプリケーション間でデバイスの取り合いになってしまうことを避けるため、必然的に導入したのでしょう。

この部分だけ切り取っても、Windows 2.1/386は複数のMS-DOSアプリケーションを実行する環境として有益なOSでしたが、後のWindows OSと比較しますと「商業的な成功を収めた」とは言い切れません。前述のとおり当時のMicrosoftは、IBMと共同開発していたOS/2の存在が大きく、GUIの方向性も不明確な状態でした。Gates氏は当時のCOMDEXで「We believe OS/2 is the platform for the 90s(90年代はOS/2の時代だ)」と発言するなど、表向きにはIBMとの共存共栄を目指していましたが、冒頭で述べたとおり同氏は当初から独立路線に舵を切るタイミングを探していたような節があります。この点に関しては次回以降述べましょう。

商業的には成功に至りませんでしたが、Windows 2.xの存在はGUI OSの普及を推し進める一翼を担いました。Windows 2.0の時点で約127種類のプリンターをサポートしていましたが、バージョン2.1では、サポート対象としてさらに65種類のプリンターを追加。また、各種コンピューターやディスプレイデバイスのサポートを追加することで、アプリケーションの動作環境として認められるようになりました。1988年はMicrosoftも、初めてのWindowsバージョンとなるExcel 2.05 for Windowsをリリースし、冒頭で述べたAldus PageMakerもバージョン3.0にバージョンアップしています(図05)。

図05 Windows 2.0上で動作する「Microsoft Excel 2.1d」。機能面は以前からリリースされていたMS-DOS版を継承していました

1989年3月には、マイナーアップデートを施した「Windows 2.11」をリリースしていますが、Windows 2.xに関してはAppleの告訴問題があります。「MacintoshのGUIに類似している」という理由で当時のMicrosoftとHewlett-Packardの「NewWave(OSではなくGUI志向のデスクトップシステム)」を米連邦裁判所に提訴しました。そもそもGUIを生み出したのはXeroxのPARCであり、コンシューマーをターゲットとして世に送り出したのがAppleです。倫理的な問題よりも、当時のAppleは1985年5月にSteven Jobs(スティーブン・ジョブズ)氏を追い出し、迷走しつつありました(図06)。

図06 HPの「NewWave」に関するPDF資料から抜粋。DOSアプリケーションをグラフィカルなデスクトップ環境で実行するソフトウェアでした

このような背景や商業的理由から告訴に踏み切ったのでしょう。なお、XeroxもMacintoshのGUIに関してAppleを提訴していますが、申し立ては却下。本題であるMicrosoft vs Appleの裁判は4年の月日を経た1994年9月に、Appleの米国最高裁への控訴が拒否で終結し、事実上Appleの敗訴で決着しました。なお、裁判の内容は米国の政府系サーバーのミラーリングを行っているResouce.orgで確認できます(図07)。

図07 1989年にAppleがMicrosoftを告訴した裁判結果。英文ですが読むことが可能です

この勝訴とは直接関係ありませんが、その後のMicrosoftは全世界で300万本を売り上げる「Windows 3.0」の時代へと連なるのです。「Windows 2.0」の紹介は以上です。ナビゲーターは阿久津良和でした。次回もお楽しみに。

阿久津良和(Cactus

本稿は拙著「Windowsの時代は終わったのか?」を基に大幅な加筆修正を加え、公開しています。

参考文献

・A behind-the-scenes look at the development of Apple's Lisa(BYTE)
・Apple II(柴田文彦/毎日コミュニケーションズ)
・DIGITAL RETRO(ゴードン・ライング/トランスワールドジャパン)
History of OpenVMS
History of Windows
・MS-DOSエンサイクロペディア Volume1(マイクロソフトプレス/アスキー)
OS/2の歩みを振り返る(元麻布春男の週刊PCホットライン/)
Red Hat Linux 7.0 入門ガイド
Windows Vista開発史(Paul Thurrott/日経BPITpro/)
Windowsの歴史(横山哲也)
・Windowsプログラミングの極意(Raymond Chen/アスキー)
・エニアック―世界最初のコンピュータ開発秘話(スコット・マッカートニー/パーソナルメディア)
・コンピュータ帝国の興亡(ローバート・X・クリンジリー/アスキー出版局)
・パーソナルコンピュータを創ってきた人々(脇英世/SOFTBANK BOOKS)
・パソコン創世記(富田倫生/青空文庫)
・新・電子立国 第05回 「ソフトウェア帝国の誕生/NHK」
・闘うプログラマー 上下巻(G・パスカル・ザカリー/日経BP出版センター)
・僕らのパソコン30年史(SE編集部/翔泳社)
・遊撃手(日本マイコン教育センター)