――今回の収録は、松尾監督ということもあり、プレスコで行われているということですが、これまでにプレスコの経験はありましたか?

中村「なかったですね。業界内でもプレスコは少ないんじゃないかと思います」

――最初にプレスコと聞いたときの感想はいかがでしたか?

中村「収録を開始する前に、顔合わせをやりたいということで集まって、ドラマCDのような感じで第1話の台本の読みあわせをしたのですが、そのときに監督から『(本番は)今やってもらったのに映像がつくだけなので、基本的には絵を気にしないでやってください』と。絵はあくまで、尺やキャラクター同士の距離感を測るためのガイドとして用意されているだけなので、基本的には無視しろというようなことをおっしゃったので、わりとすんなりと入っていけました。プレスコといっても一応絵があるので、もしあの本読みがなかったら、どこまで絵に合わせるものなのかがわからなかったと思います」

――実際にやってみて難しさはありましたか?

中村「たぶん作品によって難易度が変わってくるような気がしますが、『夏雪ランデブー』はすごくプレスコ向きの作品なのではないかと感じました」

――どのあたりがプレスコ向きなのでしょうか?

中村「まず、人数が少なくて、基本的に会話だけで進行しているので、プレスコには向いている気がします。逆に、ロボットものやアクション性の高い作品をプレスコでやるのはすごく難しいのではないかと思います。絵を無視しろといわれても、やはりキャラクターの動きに合わせることが多いじゃないですか。でも、『夏雪ランデブー』はキャラクターの動きに合わせてのアドリブがほとんどないので、そんなに大変だという印象はなかったです。ただ、普通のアフレコと比べると、準備が全然違ってくるので、そこはちょっと大変でした。収録自体は楽なんですけど、前日にやることが多くて……」

――準備というのは台本の読み込みですか?

中村「プレスコは、絵から得られる情報がゼロに近いんですよ。たとえば、絵が全部あれば、台本に書かれていなくても、そこから読み取れる情報がありますし、絵がちゃんとなくても、尺や口パクの速さによって、そのときの感情がわかったりもする。すごく怒っているから、尺がこんなに短いんだなとか。尺が詰まっているから、一息で喋るぐらいの勢いをキャラクターに持たせないといけないんだなとか。走りながら喋っている絵だったら、ここは走りながら喋っているんだなって、わかるわけですよ。でもプレスコの場合、基本的に絵は止まった状態なので、走りながらとか、大きな口を開けて喋っているとか、そういった情報は、全部自分で作らないといけない」

――あからじめ自分の中で細かく設定しておく必要があるわけですね

中村「30分のアニメの中における行動を、それぞれのシーンや状況に合わせてすべて把握しておかないといけないわけですよ。とはいえ、それを全部自分で作れるわけでもないので、原作や事前にいただいている絵コンテを見ながら、ここは走りながら、ここは殴りながら、みたいなことを事前に組み込んでおかないといけない」

――プレスコの場合、絵がない分、アドリブが増えたりはするのですか?

中村「アドリブ自体はそんなにはなかったのですが、プレスコの場合、セリフ尺の自由度がメリットになると思います。本当ならセリフをカブらせてはいけないのですが、松尾さんからは、カブって会話をしたいときはカブっても構わないし、2人で何かをするときは、同時に喋っても構わない。なるべく別録りはせず、それにあわせて絵を作りますというようなお話をいただいていたんですよ。アニメの場合、1人が喋り終わってから、次の人が喋りだすのが普通で、誰かが喋っている途中に、別の人が喋りだすということはあまりない。それを役者の裁量でできるというのが面白いなって思いました」

――そういう意味でも舞台の感覚に近いですよね

中村「そのときに出たものがすべて、というのが面白いと思いました」

――掛け合いの部分などに、通常のアフレコとは違った味が出るのではないでしょうか?

中村「やはり間の作り方とか、会話のテンポを役者主導でやれるのが、プレスコならではだと思います。普通のアフレコだと、会話のテンポは演出家さんの間になるので、このセリフはどうしても食い気味に行きたいと思った場合、事前にディスカッションをさせていただいたりもするのですが、絵によってはなかなかうまくいかない。捲くし立てるように喋りたくても、尺が長めに取られていると、どうしてもゆっくり喋らないといけないので、捲くし立てたい気持ちだけをのせて、語気は荒いけれど、すごくゆっくり喋っているというシーンもけっこうあったりします。でも、プレスコだとその制約がないので、非常にやりやすいですね。ドラマCDにも同じような良さがありますが、逆に絵がないじゃないですか。なので、プレスコはドラマCDとアニメの両方の良さを併せ持っているのではないかと思います」

――かなり理想に近い感じですね

中村「ただ、絵を作る作業はかなり大変だと思います。たぶん今頃、監督は必死になって絵を作っていらっしゃるんだと思いますが、プレスコは収録してからが大変なんだと思います。もし絵をつけてみて、セリフがかみ合っていなかったらどうするんだろうって(笑)。こちらの感性に任せてもらっているところが多いということは、それだけ、ちゃんとしたものを我々も提供できないとプレスコでやる意味がない。絵がないとわかりませんとか、何をしたらいいのかわかりませんとかだったら、まったくプレスコの意味がないですよね。そういった大変さと楽しさを併せ持っているのがプレスコだと思います」

――ちなみに掛け合いで印象に残っているシーンはありますか?

中村「葉月の掛け合いが多いのは序盤で、後半になると実はほとんどないんですよ。別のところに行ってしまって、基本的にやり取りをする相手は1人だし、その相手ともやり取りができているようでできていなかったりするじゃないですか。こちらの意思は伝わらず、向こうから一方的に投げかけられることへのリアクションだけになる。そういう意味でも、やはり序盤のシーンが印象的ですね。特に1話や2話は、プレスコに慣れていないということもあって、より印象に残っています」

――プレスコを経験することで成長できたと思うところはありますか?

中村「プレスコという手法も面白かったのですが、それ以上に思ったのは、アニメの場合、基本的にヒーローという存在があるわけですが、この作品には誰一人としてスーパーヒーローは出てこない。人間ドラマをどれだけ人間らしく演じられるかが大事な作品で、だからこそ、オーディションを受けた際、この作品に関わりたいと強く思ったんですよ。なかなかないですよね、本当に人間を描きたいんですっていう作品は。そういう風に始まっていても、結局アニメだから絵の制約があって、表現もオーバーにしないといけなくなってくる。しかも今回はプレスコということで、これは自分の好きなことをやってもいい作品なんだって思えたんですよ。監督もそういう作品を作りたいとおっしゃっていましたし、過剰表現がないもの、ウソのないものを表現するという点ですごく勉強になる作品でした。たとえば、声を張るシーンの場合、僕らは訓練をしているので、一般の人が張るのとはやはり音が違うんですよ。でも、音の出が良すぎるとヒーローみたいな声になってしまう。そこをいかに、その辺のあんちゃんが喋っているように声を張るか……そういうところが演じていて面白かったです」

(次ページへ続く)