マルチディスプレイ環境を強化したWindows 8

同じくBuilding Windows 8に掲載された記事。「Enhancing Windows 8 for multiple monitors」と題したその内容は非常に興味深い。内容は題名からも分かるとおり、Windows 8ではマルチディスプレイに関する機能が強化されるというものだ。Microsoftのフィードバックプログラムによる調査結果によると、複数のディスプレイを使用しているユーザーの割合は、デスクトップコンピューターユーザーが約14%、モバイル型コンピューターユーザーが約5%に達している(図08)。

図08 Microsoftが調査したマルチディスプレイの使用割合

きょう体一つで完結するモバイル型コンピューターと異なり、デスクトップコンピューターなら複数のディスプレイを用いた方が効率的だ。例えば筆者の場合はPDFなどの資料を別のディスプレイに表示させ、別のディスプレイにテキストエディターによる原稿執筆を行っている。確かに購入コストや消費電力の増加によるランニングコストは馬鹿にならないが、マルチディスプレイ環境は"なくても困らないがあると便利"なのだ。

そもそもマルチディスプレイ環境は多くのユーザーが、その利便性を享受してきた。しかし、Windows XPユーザーがWindows VistaやWindows 7に移行して最初に困ったのがタスクバーの存在ではないだろうか。例えば二台のディスプレイがある場合、Windows XPは両方にタスクバーが表示されていたが、Windows Vistaの仕様変更に伴い、複数のディスプレイを一台に見立てて使用する"ビッグデスクトップ"か、複数のディスプレイに同じ画面を表示する"クローンデスクトップ"しか選択できない。

この仕様変更で背景画像を個別に指定できなくなり、Windows VistaやWindows 7で各ディスプレイに異なる背景画像を表示させるには、バックグラウンドでマルチディスプレイ全体に描かれるような画像加工を行うツールが必要だった。だが、Windows 8では、背景画像の選択時に表示させるディスプレイが選択可能になり、スライドショーもそのまま楽しめるという。また、すべてのディスプレイにまたがるように画像を表示させる"Span"を用意し、巨大な背景画像を楽しめる(図09~12)。

図09 「デスクトップの背景」に並ぶ画像のコンテキストメニューには、映し出すディスプレイが選択可能になっている(画像は公式ブログより)

図10 複数のディスプレイに異なる背景画像が映し出されている。また、両者にタスクバーが表示されている点にも注目したい(画像は公式ブログの動画より)

図11 「デスクトップの背景」の「画像の配置」には新しいオプションとして<Span>が用意されている(画像は公式ブログより)

図12 このようにサイズが異なるディスプレイにも巨大な背景画像を表示できる(画像は公式ブログより)

前述したタスクバーにも改良が施された。タスクバーのプロパティダイアログに、マルチディスプレイに関する設定が用意され、すべてのディスプレイにタスクバーを表示する<Show taskbar on all displays>や、タスクバー上のボタンに関する動作設定が加わっている。

「Taskbar where window is open」を選択すると、ウィンドウが開いているディスプレイのタスクバーにタスクバーボタンを表示。「Main taskbar and taskbar where window is open」を選択すると、ウィンドウが開いているメインのタスクバーと他のタスクバーにタスクバーボタンを表示。「All taskbars」を選択すると、すべてのタスクバー上にタスクバーボタンを表示。これが初期状態で選択されている。Windows XP時代、マルチディスプレイ環境で各ディスプレイにタスクバーを表示させていた方には期待の新機能となるだろう(図13~16)。

図13 タスクバーのプロパティダイアログに加わったマルチディスプレイに関する設定。タスクバーやボタンの表示を制御できる(画像は公式ブログより)

図14 「Taskbar where window is open」選択時は、ウィンドウが開いているディスプレイのタスクバー上にボタンを表示する(画像は公式ブログより)

図15 「Main taskbar and taskbar where window is open」選択時は、ウィンドウが開いているメインのタスクバーと他のタスクバーにボタンを表示する(画像は公式ブログより)

図16 「All taskbars」選択時は、すべてのタスクバーが同じように動作する(画像は公式ブログより)

マルチディスプレイ環境における改良点は他にもあるが、なかでも興味深いのがディスプレイ間のアプリケーション移動。Metroアプリケーションの上部をつかんで引き下げるとサムネイル画面に切り替わる。後は別のディスプレイにドラッグ&ドロップするだけだ。この動作はディスプレイ間だけでなく、一枚のディスプレイで複数のMetroアプリケーションを表示するメイン/スナップ機能にも使用できる。マウス操作以外にもキーボードショートカットとして[Win]+[PgUp]キーや[Win]+[PGDn]キーを用意。全画面表示が前提のMetroアプリケーションを効率的に切り替える際に役立ちそうだ(図17~18)。

図17 Metroアプリケーションをサムネイル化させてから、左側のディスプレイにドラッグ&ドロップ(画像は公式ブログの動画より)

図18 左側のディスプレイでMetroアプリケーションが映し出され、右側のディスプレイは従来のデスクトップに戻る(画像は公式ブログの動画より)

Windows RTのWebブラウザーはIE 10限定!?

最後はMicrosoftにとって少々耳の痛い話を紹介しよう。ARMプロセッサ向けのWindows 8となる「Windows RT」。執筆時点ではハードウェアベンダー向けのベータテストが行われているそうだが、Mozilla公式ブログの記事によると、Windows RTではサードパーティ製Webブラウザーを導入できないという(図19)。

図19 Mozillaの顧問弁護士Harvey Anderson氏の記事

そもそもWindows RT上で動作するアプリケーションは二種類ある。従来のクラシックアプリケーションは、Windows OS上で使われてきたWin32APIが使用可能。だが、もう一方のMetroアプリケーションは、プログラムを保護された領域で動作させてシステム全体に悪影響を与えないセキュリティモデルの一つ"サンドボックス"上で動作する。そのため、Metroアプリケーションには専用APIとなるWinRTが用意されているものの、Win32APIと異なり高度なOS機能へのアクセスが難しい。

そこでMicrosoftは、"Windows RTでは、仮想化やエミュレーションなどのアプローチはサポートせず、既存のx86/64アプリケーションの移植や実行には対応しません"と表明している。これは、ARMプロセッサが組み込み機器や低電力用であり、Intel/AMD製プロセッサと役割が異なるため致し方ないだろう。そのため、サードパーティベンダーがWindows RT用Webブラウザーを開発する場合、必然的にMetroアプリケーションを選択しなければならない。だが、Internet Explorer 10はMetroアプリケーションだけでなく、クラシックアプリケーション版も用意されている。ここが問題だ。

例えばMetroアプリケーション版Mozilla FirefoxがAPI制限により、OSのコア部分にアクセスできないため、JavaScript処理も遅くなり、セキュリティ面の不安も発生するとしよう。その一方でInternet Explorer 10はクラシックアプリケーションも用意されているため、より高速なWebブラウザーを必要とする場面では、Internet Explorer 10一辺倒になってしまうのだ。

そもそもユーザーには好きなソフトウェアを選択できる自由があり、Mozillaの顧問弁護士Harvey Anderson氏もブログで「他のWebブラウザーが、Internet Explorerのように動作できない技術的理由は見当たらない」と批判している。Microsoftは以前も米国や欧州委員会から独占禁止法違反で訟訴されるなど、圧倒的シェアを背景にした独占状態を問題視されてきた(2009年に欧州委員会とは和解。米国内の反トラスト法訴訟後の監視は2012年5月に終了)。

この一件で米上院司法委員会が動き出したと複数の米メディアが報じ、せっかくの和解や監視終了も元の木阿弥となる可能性が高い。Microsoftはこの件に関して公式な発表を行っていないが、筆者はサンドボックスによる動作自体は評価できるものの、ユーザーの意思で導入できるのがMetroアプリケーションに限られる時点で、Windows RT自体が一般的に受け入れられないOSになるのではないかと危惧している。

画一的なコンピューターを必要とする業務系マシン用OSとしては成功するかもしれないが、この仕様を続ける限り、プラットフォームとしてWindows RTが普及するのは難しいかも知れない。Microsoftはアプリケーション市場を自身の手で制御したいと考えつつも、過去から蓄積してきたWindowos OSの文化がかみ合わず、今回のような軋轢が生まれたのだろう。まだ世に登場していないWindows RTにまつわる話を聞いていると、Windows CEの末路と同じ印象を受けるのは筆者だけではないはずだ。

阿久津良和(Cactus)