このようにして調べていくと、「規制が多く高価格な路線バス、自由度が高く低価格なツアーバス」という印象だ。今回の事故の報道では、ツアーバスの価格競争が安全品質の低下を招き事故を起こしたという論調も多い。しかし、業界団体加盟の企画会社が38社もあり、非加盟会社もあるというから、ツアーバスの安全管理には差があるのではないか。そこで、業界大手のWILLER TRAVELを取材した。
バス運行の安全管理は大きく分けて、「運転手の労務管理」「バスの車両管理」「適正な路線・ダイヤを遵守する企画管理」がある。バスの運行に関しては運行会社の責任範囲であるが、WILLER TRAVELでは2007年に「安全運行協議会」を設置した。運行バス会社の経営責任者クラスを集めて年2回の会合を実施し、安全に関する各社の取り組みを共有したり、指導運転士・運行管理者に向けた勉強会を実施している。
また、WILLERグループ(募集会社のWILLER TRAVELとバス運行会社のWILLER EXPRESS)では、6名による運輸監査室を設置し、年に一度、安全運行に関する調査を実施しているとのこと。この部署では委託バス会社に対しても運行管理、労務管理、整備管理の観点から調査し、必要があれば改善指導を行い、その結果取引中止とするケースもある。具体的には運行会社を訪問し「法定書類が揃っているか」など、100項目以上について確認しているとのこと。さらに定期的な覆面調査として、サービスエリアでの休憩・交代状態の確認、バス追跡走行などを実施しているとのこと。調査結果は「安全運行協議会」で各社と共有しているという。
乗客には「24時間緊急連絡センター」が通知されており、車内トラブルにも対応する。例えば、休憩予定地点より前にトイレを我慢できなくなった、などという場合、後部座席の乗客が運転席まで移動したり、大声を出さなくても「24時間緊急連絡センター」に携帯電話やメールで連絡すれば、運行管理者経由で運転士に伝わる仕組みだ。乗務員の様子がおかしい、という場合も、直接言いづらければこの方法が使えるだろう。
WILLER TRAVELでは、こうした安全への取り組みに納得し、「安全運行協議会」に参加している運行会社38社と契約している。
乗務員の乗務について、国の指針では「2日を平均した1日あたりの運転時間が9時間、1日の総走行距離670km以上の場合は交代運転手を配置」としている(2012年5月8日取材時点)。さらに、国では以下の項目も義務付けている。運行前には運行管理者の資格を有した職員が点呼を行う。乗務員の睡眠時間や服用薬などの体調確認、運行経路の確認、アルコールチェック機を利用した飲酒検査を実施。車両についても法定の運行前点検を実施。また、24時間体制で本部に運行管理者を待機させ、運行経路の変更などは運転者の独断ではなく、運行管理者からの指示を得る必要がある。
過去の事故が教訓に
WILLER TRAVELがツアーバス「STAR EXPRESS」を運行開始した年は2004年。しかし「安全運行協議会」の設立は2007年。この3年の間に、同社の安全意識が高まっている。その理由は何だったか。
「当社ではないが、2007年の2月にスキーバスが起こした死亡事故を教訓としている」。
調べてみると、2007年2月18日にスキーバスが一般道で大阪モノレールの橋桁に衝突、添乗員が死亡、運転手と乗客2名が重傷、23人が軽傷という事故が起きていた。原因は運転士の過労だった。ツアー会社と運行会社は運転士が2名乗務するという契約をしながら、1名しか乗務しなかった。添乗員は16歳で運転士の弟だったという。
この事故をきっかけとして、ツアーバスの価格競争や過労運転が社会問題となった。WILLER TRAVELの「安全運行協議会」は、従来の安全対策を形のあるものとし、いっそうの強化を図るものだったようだ。
では、他のツアーバスはどうか。
「VIPライナー」を運行する平成エンタープライズは、東京 - 大阪、大阪 - 九州、東京 - 金沢のすべての夜行バスで運転手2名乗務だ。また同社は自社保有バスで運行しており、他の運行会社への委託は実施していない。また、公益社団法人日本バス協会が実施している貸切バス事業者安全性評価認定制度の認定を受けているという。
「キラキラ号」はロータリーエアーサービスが企画募集し、運行は旅バスが実施している。旅バスは独自の運輸安全マネジメントを実施し、自社サイトで基本方針や安全規定を公開している。
4月29日の事故では、運行会社のずさんな労務管理の疑いなどが次々に浮上している。この件についてWILLER TRAVELにコメントを求めたところ、「当社の事件ではない上、事故に至った背景がすべて明らかになっていないため、コメントは控えたい」。ただし「原因が解明でき次第、安全運行協議会で情報を共有し、今後に役立てていきたい」とのことだった。
バスに限らず、鉄道・飛行機・船舶など、あらゆる乗り物は事故を教訓として安全対策を強化し、一定の水準に到達している。しかしツアーバスに関しては、安全に対する取り組みや認識が会社ごとに異なっている。私たちが安心してツアーバスを利用できるように、業界全体の安全への取り組みが必要だろう。