そんな中でも日本チームはがんばり(今回のチームに参加するまではまったく分子の世界に触れたことがないという異なる学科の学生も多い)、東京チームの総合第2位=準優勝とYouTube賞第2位、関西チームの分子ロボットコンテスト賞とプレゼンテーション賞第2位、そして3チーム揃って金賞受賞という結果を出したのである。それでは、各チームのプレゼンを見てみよう。

DNA繊毛虫を開発した東京チーム

まずは、総合で準優勝となった東京チームの「マイクロサイズの分子ロボット『DNA繊毛虫』の開発」からだ(画像4)。DNA繊毛虫は、その名の通りに繊毛虫(ゾウリムシ)をモチーフにした分子ロボットである。

画像4。繊毛虫(ゾウリムシ)を手本とした、マイクロサイズの分子ロボット「DNA繊毛虫」

このチーム、「プレゼン」ということをしっかりと理解しており、なおかつ自分たちが英語をあまり得意としていないということから、わかりやすいキャラクターを登場させたり、コミカルなアニメーションを作ったり、さらには画像1のようにDNA繊毛虫のキャラクターのかぶり物を作って学生の1人がDNA繊毛虫の動きをパフォーマンスして動画として撮影するなど、「世界中の誰が観てもDNA繊毛虫の動作を面白く感じられる」を実現していた。おそらく、小さな子どもたちが観ても喜んでくれるはずである。なお、日本人というと、世界的に見るとどちらかというと大人しいイメージだが、会場では日本チームのプレゼンが一番盛り上がっていたそうだ。

東京チームのDNA繊毛虫の最大の特徴は、関西と仙台の2チームがナノスケールのロボットを作ろうとしたことに対して、その100から1000倍というマイクロスケールという巨大な点がある。その理由は、ナノサイズだと多数の機能を持たせるにはサイズ的に難しいからだ。多機能な細胞はマイクロスケールなので、それにならったというわけである(画像5)。細胞のような多機能・高機能な分子ロボットへの第一歩として、マイクロメートルスケールのDNA繊毛虫を提案したという次第だ。

画像5。ナノスケールだと、機能を盛り込むには小さ過ぎるので、多機能な細胞同様にサイズをマイクロスケールにした

DNA繊毛虫は0.2~1μmのポリスチレン製マイクロビーズを本体の周囲に、酵素活性を持つ無数のDNAを共有結合でもって生やした形をしている。DNA足はナノサイズなので、最大で50万本ほど生やせるそうだ。本体に対して非常に小さいが、何本もの足を動かすことで、本体を移動させられる。

DNA繊毛虫は3つの独立したモードを持つ。ブラウン運動を利用して液中を自由かつランダムに動き回る「自由運動」モード(画像6)と、基質DANで作られたトラック(コース)上を辿って一方向へと移動していく「トラック歩行」モード、そして紫外線を照射した領域に集合する「光照射集合」モードだ。

画像6。液体中を自由かつランダムに運動する「自由運動モード」。プレゼン画面右側の位相差顕微鏡は実際には動画で、蛍光緑のDNA繊毛虫がランダムに振動するように動いているのを見ることができた

さらにトラック歩行について補足すると、ガラス基板上に基質DNAを生やしてトラックとし、その基質DNAは足DNAに相補的にしてあり、DAN同士が結びつくようになっている(画像7)。基質DNAの途中にはRNA部位があり、足DNAが結びつくとそこで足DNAの酵素活性の力でそこから切れる仕組みだ。結果、足DNAと基質DNAの接触領域が少なくなることから不安定化。そして、切断された基質DNAよりも進行方向側に生えている未切断の基質DNAと会合しやすくなり、未切断の基質DNAへ足DNAが移っていき、結果として繊毛虫DNAは前進していくというわけである。

足DNAが基質DNAを本当に切断できるかどうかは、変成20%ポリアクリルアミドゲル電気泳動像による足DNA(デオキシリボザイム)、基質DNA、切断された基質DNAのバンドで確認済みだ(画像8)。バンド画像は、左がDNA繊毛虫(足DNA)と基質DNAがくっついていない状態のもの、真ん中がくっついたもの、そして右がDNA繊毛虫を取り除いた後、切断された基質DNAが残っているものだ(DNA足が本体から抜けて基質DNAに残っていないこともわかる)。

画像7。足DNAと基質DNAは相補的な関係になっていることから結びつく仕組みで、基質DNAには途中にRNA部位があって、それが切れることで結びつく力が弱くなり、新たに長い基質DNAと結びつく。それによって前進していく

画像8。DNA繊毛虫の足DNA(デオキシリボザイム)と基質DNA、切断された基質DNAを見て取れる、変成20%ポリアクリルアミドゲル電気泳動像のバンド画像

またDNAトラックの作成方法だが、ガラス基板上にPDMS製のマイクロ流路を設置してDNA溶液を流し込み、意図した形にDNAトラックを作成している(画像9)。下側の2つの蛍光顕微鏡写真は、実際にトラック上に無数の繊毛虫DNAが集合している様子だ。なお、動画でトラック上を動いている様子を撮影することも考えたそうだが、あまりにも移動に時間がかかるため、映像は断念したそうである。移動速度は、テストで計測した時は秒速約1nmぐらいだったそうだ。

画像9。DNAトラック(基質DNA)の作成方法と、実際にDNA繊毛虫がトラック上に集まっている様子の蛍光顕微鏡写真

その代わりに実施したのが、セルオートマトンに基づくトラック歩行のシミュレーション(画像10)。DNA繊毛虫の周囲に8つのマスがあり、移動方向ごとの進む確率は、足DNAと基質DNA間の結合の自由エネルギーに依存すると仮定して計算された。後方の3つ(1、4、6マス)はすでに基質DNAが切断された状態のため移る確率が低いが、根元からなくなるわけではないので、切断された基質DNAに再び戻らないという確率はゼロではない。

そして、こちらの画像11だが、上側の青と赤の長方形は幅4μmの直線上のトラックで、直径1μmのDNA繊毛虫が移動するのをシミュレーションしたもの。一直線というわけではないが(横方向などにも移動するため)、ゴールにちゃんとたどり着いている(青が未切断、赤が切断された基質DNA)。下の2つのグラフは、トラック歩行(黒)とブラウン運動(緑)の両モードのステップ数の違い。左は直径が0.25μmの、右は1μmのDNA繊毛虫のものとなっている。このグラフからも、DNA繊毛虫の一方向的な運動が確認できるというわけだ。

画像10。セルオートマトンに基づくトラック歩行のシミュレーションが行われた。右の計算式は、周囲8マスのどの方向に移動するかの確率を算出するためのもの

画像11。上は、幅4μmの直線上トラックを、1μmサイズのDNA繊毛虫が移動した軌跡を表したもの。実際にはアニメーションで表示され、一直線ではないが、少しずつ前進し、しっかりとゴールにたどり着く様子が示された。下のグラフは直径の異なるDNA繊毛虫のトラック歩行とブラウン運動(自由運動モード)の移動に関する比較。ランダムに動くのとは異なるのがわかる

最後は、光照射集合モードについて(画像12)。光照射領域の足場は「UVスイッチDNA」となっており、トラック歩行モードの基質DNAの別バージョンである。紫外線を照射されると形状が変化し、DNA繊毛虫が集まりやすくなるという仕組みを持つ。基質DNAの先端に「UVスイッチDNA」がループ状に閉じて(折りたたまれて)結合してており、基質DNA下部にはブロックDNAがくっついている。そのため、通常は足DNAがくっつけない状態なのだが、紫外線が当たるとUVスイッチDNA部分に異分子の「アゾベンゼン」があるために結合が弱いことから、ほどけてループが開き、結果的に一直線上に伸びるという仕組みだ。さらに、下部のブロックDNAも外れ、トラックの基質DNAと同様に、足DNAがくっつきやすくなるのである(画像13)。

UVスイッチシステムの確認は、非変成20%ポリアクリルアミドゲル電気泳動像のバンドで確認。ループの開いたUVスイッチDNAと足DNAがくっついた状態、ループが閉じてブロックDNAがくっついた状態など、設計通りに機能していることが確認されている(画像14)。

画像12。指定した位置に集合させるための機能である光照射集合モード。紫外線を照射することで基質DNAの構造が変化し、DNA繊毛虫が集まりやすくなる仕組みだ

画像13。基質DNAが紫外線を照射されることで変化するUVスイッチシステムの仕組み

画像14。UVスイッチシステムの機能を確認した非変成20%ポリアクリルアミドゲル電気泳動像のバンド画像

なお今後の課題としては、DNAトラック上での(一方向への移動以外の)運動の構築、UVスイッチシステムでの集合のコントロールを挙げた。また今後の展望としては、DNA繊毛虫の足DNAの種類を増やしたり、内部にさまざまな機能分子を入れたりすることでさらに高機能な分子ロボットにしていくと期待しているとした。

そして、第2位となったYouTube動画だが、Wikipediaの東京チームのページ「DNA ciliate The Giant Molecular Robot」で見ることが可能だ。

画像15。DNA繊毛虫のかぶり物のアップ