ユーザーはどのような新しい体験が可能になる?

このDPSにおけるAdobeの取り組みや事例については同社Digital Publishingページに詳しい。雑誌、書籍出版、新聞社とソリューション別にページが分かれており、その概要が説明されている。ここを見ても分かるように、同じ出版社でも雑誌と書籍では明確にソリューションが区別されている。例えば雑誌出版社がDPSによるアプリベースのコンテンツ配信を主眼としているのに対し、書籍出版社は電子書籍の標準フォーマットであるEPUBやPDFでの出力を主眼としている。eBookのページでも紹介されているが、InDesignを基準にコンテンツを取り扱うところはDPSと共通で、ここからプラグインの形でターゲットデバイスに応じたコンテンツを出力する形となる。ただしこのままではDRMのない素の電子書籍データとなるため、出版社によっては「Adobe Content Server」などのDRMシステムを活用して書籍の配布を行うことになる。

一方でDPSについては、制作だけでなく、アプリ配布から広告配信、配布後のユーザーデータ収集までがすべてセットになっている。EPUBなどの電子書籍の場合、コンテンツそのものを各プラットフォームのストアで配信する形となるが、デジタル出版のケースではリーダーアプリをまずストアで配信し、その追加コンテンツを逐次購入させる形態をとる。そのためアプリ内課金と追加コンテンツの配信の仕組みが必要となり、これを補完するのがDPSの役割となる。こうして配布したコンテンツをOmnitureのSiteCatalystなどを使って利用動向を分析し、雑誌などでは一般的な読者アンケートなどの調査報告の代わりにする。iPadでの配信の場合、Appleによるアプリ審査があるため初回の手続きは煩雑となるが、以後は制作ワークフローが省力化でき、さらにユーザーには追加コンテンツを導入するだけの形態になるため、リピーターさえつけばビジネスを軌道に乗せやすいというメリットがある。

Adobe Digital Publishing Suiteの仕組み。InDesignから派生し、制作、配布、管理運用までを一貫して行うスイート製品となっている

制作フローの例。2回目以降は手順が若干省略できる

では具体的に、どのようにコンテンツが作られているのだろうか? 基本的に、デジタル出版で扱うコンテンツは既存のデータの流用となる。これをどのように組み合わせ、ユーザーに新しい体験をさせるかがポイントとなる。iPadのケースでいえば、各書籍は独立したアプリになっている。アプリを起動するとスプラッシュスクリーンが表示され、次に各号を選択する画面が出現し、どれかを選ぶとページの遷移画面へと移動する。元のデータはあくまで雑誌として発刊したものなのだが、ページ遷移やレイアウトを若干変更するだけでひと味違ったユーザー体験が提供できる。例えばページ遷移も一方向にページをめくる「Single Axis Navigation」のほか、上下左右にページが配置される「Dual Axis Navigation」がある。また写真入りページひとつとっても、画面を90度傾けて発生するローテーションを利用することで、写真のみが拡大表示されたり、ちょっとした工夫が可能だ。このほか、音声やビデオの埋め込み、パノラマ写真やオブジェクトの周囲を360度移動できる仕掛けなど、さまざまなギミックが存在する。もちろん、新たに素材を用意しなければならないものもあるが、レイアウトなどはちょっとした工夫のレベルの世界の話で、編集者やデザイナーに新たな技量が必要とされる場ともいえる。

これまでにDigital Publishing Suiteを通して出版されたデジタル雑誌アプリ(iPad版)

アプリが起動するまでの画面遷移の例

ページ遷移1つとってもこれだけのバリエーションがある。また画面の傾きを利用してレイアウトをダイナミックに変更することで、ユーザーに対して新しい読書体験を訴求する

デジタル出版ならではの新しいギミックの例。動画やアニメーションなどは紙では絶対に実現できないものだ

画面の傾きでレイアウトがダイナミックに変化する例。画面が横になることで文字の可読域が広がったり、読みやすいように2行レイアウトになったりする


ページ内の文章の横にTwitterフィードを埋め込んだ例。他のユーザーの記事のトピックに対する意見がリアルタイムで表示される

これらギミックについて、1つ面白いものがある。前出Koch氏によれば、こうした仕掛けの多くはデフォルトでパーツとして用意されたものであり、デザイナーが自由に組み込みことが可能だという。だが少し技術があればActionScriptなどを活用してある程度自由に機能拡張できる。例えばWebとの通信プログラムをアプリ内に埋め込むことで、デジタル雑誌内の情報をつねに最新のものに更新したり、他のユーザーとのSNSを実装できたりと、より凝った工夫が行える。先ほどの動画の例では、米携帯キャリアのAT&Tの通信品質について書かれた雑誌記事の中で、ユーザーの意見をTwitterフィードで表示させるエリアが用意されている。これは先ほどのActionScriptの拡張例の1つだ。