特殊車に触り放題の工場見学会
12時からはお待ちかねの「機関車研修庫」見学ツアーだ。先着順に30人ほどのグループを作って歩いていく。途中で地鉄の駅前を通る。ここには温泉の噴水があって、踏切を渡ると溝に温泉水が流れていた。さすがは温泉町。宇奈月温泉には3カ所の足湯があって無料で入れる。あとで浸かってみようと思う。
機関車研修庫では凸型機関車が3台、保線車2台、貨車1台、客車1台が見学者を待っていた。普段旅客列車には使われない車両とのことで、つまりは黒部峡谷を支える裏方さんたちだ。車両はどれも一般の鉄道より小さい。黒部峡谷鉄道はナローゲージといって、線路の幅は762mm(2フィート6インチ)と狭い。だから車両も小さいのだ。ちなみにJR在来線の線路幅は1,067mmで、新幹線は1,435mm。黒部峡谷鉄道の線路幅は新幹線の約半分しかない。
凸型機関車はED形が2台、EDS形が1台。凸型は運転室が中央にあって、制御用機器は1セットのみ。だから製造コストや保守コストが安く、点検の手間も少ないとのことだ。整備する人には嬉しいが、常に横向きで運転するため、運転士には辛い機関車という。現在は、短距離で前後する入れ換え用として使われているそうだ。ED形は1936(昭和11)年の製造。EDS形は1957(昭和32)年に製造されたパワーアップ型で、保守車両や貨物列車を牽いて本線を走行することもあるという。
主に客車を引いている機関車はどれも箱形で、先頭の客車に乗ると視界がふさがれる。「凸型なら先頭客車から空が見えていいのに」と係員氏に言うと、「でも、運転士は首が痛くなっちゃいますから」と苦笑いされた。見学会はその運転室にも立ち入り可能だった。実際に入ってみたら、確かに狭い。しかし戦闘機のコクピットのようでワクワクした。筆者は以前、ミュンヘンの博物館でメッサーシュミットのコクピットに座ったことがあり、あのときのワクワクに近い感覚だった。メッサーシュミットでは腰がハマって慌てたが、この凸型電車は大丈夫。しかし、機関車の扉でちょっと身体が引っかかったのは内緒にしておきたい。運転士さんの苦労が少し分かった気がした。
自走式保線車は2台。毎朝、始発列車が走る前に路線をパトロールする他、夜間の設備点検にも使われている。運転台の窓が大きく、大型ライトも装備。架線を点検するために、屋根の上に上れるようになっている。箱型の車体で定員は6名。車室内に入ると、運転席と補助椅子の他は機材置場になっていた。働くクルマの風格たっぷりだ。1998(平成10)年製で、ED型と同程度の出力を持つ。貨車を連結した状態で展示されていたので、単独運転だけではなく、保線資材を同時に輸送できるようだ。
黒部峡谷鉄道"本来の仕事"を支える車両
展示車で唯一の客車「ハ形」の室内はロングシートだった。観光客向けの客車はクロスシート(枕木と同じ向き)だったので、こちらは旅客用ではなく、保線作業員を輸送する車両のようだ。窓ガラスに「専用」の文字が入っていた。このハ形に連結された貨車は「ト形」。黒部峡谷鉄道で73両も活躍している車両だ。黒部峡谷鉄道は観光の他に、黒部川沿いの発電所への物資や作業員輸送という役割がある。いや、むしろ発電所を建設するために敷かれた鉄道が黒部峡谷鉄道の前身で、この貨物輸送が本来の仕事である。
研修庫の見学時間は約20分。次のグループが到着したので外に出た。展示車ではないが、ここにも珍しい車両があった。箱型の貨車「ワ形」だ。黒部峡谷鉄道に3両だけ存在する有蓋車。有蓋は「屋根がある」という意味。さっき見たト形は無蓋車だ。この貨車は当初、ダム建設に使用する火薬を輸送するための貨車だった。危険物を厳重に管理するために、箱型で窓のない貨車が作られたというわけだ。現在は風雨にさらされないという特長を生かして、ダム従事者向けの食料を運んでいるそうだ。
鉄道グッズ購入者と研修庫見学参加者には、記念品として黒部峡谷鉄道の車両カタログが配られた。そこには、展示車の他にも魅力的な車両がたくさん紹介されていた。「峡谷美人」という愛称のゴミ運搬用貨車。観光で訪れた人が沿線で捨てたゴミを載せて宇奈月まで運ぶ車両だ。最大20tもの大型の機材を運搬できる「オシ形」、レールを運ぶ「チ形」、除雪車の「SP-1」、ディーゼル機関車の「DD形」、バッテリーカーの「BB形」……。なんてバラエティ豊かなことだろう。次回は是非、これらの車両もじっくりと見学したい。