意外に思う人もいるかもしれないが、証券会社の社員が、日経225先物取引や外国為替証拠金取引(FX)など、いわゆるデリバティブ取引を行うことは、業界の自主規制によって禁止されている。しかし、日経225先物や外国為替(FX)は、インサイダー情報が全くといってない世界だ。証券会社の社員も、銀行内のトレーダーも、私たちアマチュアも、ほぼ同じ情報に触れながら取引をしている。従って、業界の自主規制は少し厳しすぎるような気もするが、証券業界としては一分の隙もないほどの公平性を確保したいということから、そのような規制を行っている。

このことは、私たち顧客にとっては、安心できることだろう。証券会社が利益をあげるには、顧客にたくさんトレードをしてもらうしかなく、そのためには顧客が着実に利益を出せるようにサポートすることに集中することになり、漫画などに出てくるような、顧客をだまして資金を巻き上げるような悪徳証券会社というのは、存在できなくなる。健全な業界を保つには、"トレード禁止"規制は重要なことなのだ。

顧客との対面の現場が減る証券会社、"社員教育"が新たな課題に

しかし、その一方で、証券会社にとって困った事態も起きている。というのは、トレードをしたことのない社員が、トレードをしている顧客に、さまざまなトレードのアドバイスをしなければならないということだ。トレードの経験がない人間が、トレードを毎日している人間にアドバイスをしなければならない。これは、「味見をしないで料理をだすシェフ」「風邪ひとつ引いたことのない健康すぎる医者」のようなもので、ほんとうに顧客の心に響くアドバイスができるのかという問題がある。

「昔の証券会社は対面営業が基本でしたので、そこでリアルなお客様の気持ちを自然に学んでいきました」(ひまわり証券 営業企画本部長 猪首秀明氏)。

ひまわり証券 営業企画本部長 猪首秀明氏

顧客が利益を出しているときはいい。しかし、損失を出していたとしたら、それも、証券会社の人間が薦めた投資対象で大きな損失が出ていたとしたら…。営業マンは、電話一本入れるのにも、胃に穴が空く思いであろう。実際に顧客を訪問すれば、怒鳴られることも度々あったのではないだろうか。

「お客様が損失を出した場合、ただ相場状況がこうだからという教科書的な説明をしたところで納得していただけません。ひたすら頭を下げても、赦してもらうことなどできません。お客様の立場に立って、今後どうすれば損失を取り戻して利益を出せるかという見通しを、必死になって考えて、お持ちしなければ納得していただけないのです。それが私たちにとっても、ものすごく勉強になっていた」(猪首)。

このような修羅場を通じて、証券会社の営業マンは鍛えられていく。「しかし、今はインターネットによる取引が主流になっています。証券会社の人間は、お客様と対面しにくい状態になった。このような時代に、どうやって証券マンを鍛えていくのか。大きな課題なのです」(猪首)。

たとえば、証券会社の人間は、顧客に対して「裁量トレードをするときは、必ず損切りの逆指値を入れてください」とアドバイスする。それは当然だし、アドバイスは徹底している。しかし、損切りを入れずに顧客が損失する様を見たことがある人間が言うのと、そういう経験もなくマニュアルにあるから口にしているのでは、顧客の心に響くかどうかという点で大きな違いがでてきてしまう。

顧客の心に響く証券マンを鍛えるために、猪首氏はさまざまな工夫をしてきた。社内で、「デモトレード」のコンテストを開いてみたこともあった。多くの参加者は、きちんと損切りを入れるという基本を守り、好成績をあげたが、中にはやっぱり自分では損切りができない人もでてきたという。日本には古来から、専門家が自らの得意分野で慢心・油断することを戒めることわざがたくさんある。「医者の不養生」、「紺屋の白袴」、「髪結いの乱れ髪」、「儒者の不身持ち」、「坊主の不信心」…。

"相場師"林輝太郎氏の著書をもとに議論

そうならないために、行われている社員研修が『相場塾』なのだ。

この「相場塾」は、言ってみれば、ひまわり証券の社内研修だ。必修研修ではなく、希望者のみが参加するという自由形式。それをなぜ紹介するのか。内容があまりに面白く、かつ投資をされている皆さんの参考になる内容だと思うからだ。

この相場塾には、一つのテキストがある。『相場技法抜粋―相場技術論の核心―』(林輝太郎著、林投資研究所刊)だ。林輝太郎氏は、"相場師"として業界ではよく知られた存在だという。その技法の核心が著された著書を読み進めながら、相場を理解していこうという内容だ。

『相場技法抜粋―相場技術論の核心―』(林輝太郎著、林投資研究所刊)

この「相場技法抜粋」は、具体的な相場での技法が描かれているというよりも、考え方や姿勢について言及されているところが多い。目次をいくつか拾ってみると、「抜粋1 勉強のノートを作ろう」「抜粋2 ゴールこそが大切」「抜粋3 学者・評論家になるな」などとなっている。

それぞれの項目が見開き2ページにまとめられていて、全部で抜粋が1~32まである。読む気になったら、電車の中でも30分ほどで読了してしまうほどの小冊子だ。しかし、奥が深い。

さきほどの「損切り」の例でいえば、昨日証券会社に入社した社員も、相場の神様も同じ台詞(せりふ)を口にすることはできる。しかし、ほんとうに理解をして、実感を伴いながらその言葉を口にしているのかはまるで違う。「相場技法抜粋」に書かれている言葉も、上っ面だけの浅い理解をすることは簡単だ。しかし、本質的な理解にまで踏み込めるかは、読む側の力量も必要とする。

猪首氏は「相場塾」において、参加している社員の一つ一つの発言に対し、本質的な理解に至っているかどうかをその場その場で確かめながら、"塾"を進めていく。それは、まるで、大学のゼミの教授と学生といった趣だ。「といっても、私も相場の本質を理解しているわけではありません。私も分からないことがたくさんある。分かったつもりになって済ましていることが山ほどあります。そこを若い社員と一緒に考えていきたい。それが『相場塾』の狙いです」(猪首)。