ジンは、さまざまな産業分野の研究に参加しているが、1985年のドイツの宇宙開発機構の実験のときにも、自社の時計を宇宙飛行士に提供したそうだ。
その際、提供されたのは自動巻きクロノグラフの「142」。一般的に、宇宙という無重力空間においては、時計に内蔵された自動巻き用のローター(おもり)は回転しないため、宇宙飛行士が着用する時計は"手巻きクロノグラフ"と、相場が決まっていた。
しかし、ジンのこの実験によって、無重力空間においてもローターはきちんと回転して、ゼンマイを巻き上げることが証明されたのだ。このように決して固定観念にとらわれることなく、常に実用性を考えた時計作りを行うというジンの開発姿勢が、時計界の常識を覆すような数々のテクノロジーを生み出してきたのだろう。下記にその主要なものを列記しておく。
ハイドロ
時計のフェイスを覆う風防ガラス(サファイアガラス)は、角度によってはガラス面に光が反射して文字盤が見えづらくなる。ジンは、特殊なハイドロ・オイルをケース内部にすきまなく充填することで、この問題を解決した。
つまり、内部に充填されたハイドロ・オイルとサファイアガラスの屈折率が合致することによって、風防表面の反射がまったくゼロになる。どんな角度から見てもクリアに文字盤を読み取ることができるというわけだ。
だが、ハイドロ・オイルをケース内部に充填することのメリットはまだある。実は驚異的なレベルにまで、防水性能を高めることができるのだ。なぜなら、時計内部をオイルで満たすことによって、外部からかかる圧力(外圧)と、時計内部の圧力(内圧)の差が解消される。そのためハイドロ・オイルが充填されたダイバーズウォッチは理論上、潜水可能なあらゆる深度で耐圧性を保つことができるのだ(ただし、同社のカタログでは慎重を期して防水性能はMAXでも5,000mと定められている)。
ちなみにジンは、防水性能の検査のやり方自体が、他社と一線を画している。なんと、テストをヨーロッパの潜水器具規格を定める「ゲルマニア・ロイド」に依頼しているのだ。つまり、ジンのダイバーズウォッチは、時計という枠組みを超えて、公的機関から"潜水器具"として認められているのだ。ここまで防水テストを徹底している時計メーカーは、他に類がない。
Uボートスチール
2005年からジンが継続している「Uボート」シリーズ。実はこのシリーズには、ドイツ軍が所持する潜水艦"Uボート"の外殻を覆うのと、まったく同じ鋼鉄素材が使われているという。そのため最高で2,000mの防水性能を誇るなど、驚異的なハイスペックを備えている。
ただし、「軍で使用される素材のため、なかなか時計への使用許可が下りず、交渉は非常に難航した」とシュミット氏。無事に認可が下りたあとも、今度は素材メーカーとの交渉で、数トン単位の受注を行うことを条件として、ようやくUボートスチールの仕入れに成功したとか。
熱抵抗テクノロジー
時計のムーブメントは、各所に注油されたオイルによって、円滑な動作を実現している。それがすなわち精度の高さにつながる。しかし、気温が上がるほど油膜の粘性は低下し、逆に低温環境において粘性は高まることになる。このようなオイルの性質の変化は、時計にいちじるしい悪影響を与える。ジンは、温度変化に強い特殊な合成オイルを開発することで、-45℃~+80℃の気温下における作動テストに合格。出荷するすべての時計に、このテストを課しているという。
Arドライテクノロジー
時計にとって水は大敵だ。
それは空気中に含まれている水蒸気も同じ。時計内部に湿気が入り込むと、ムーブメントに注油されたオイルが酸化して、長期的に見ると精度の低下につながる。
ジンでは、「ドライカプセル」という、硫酸銅の粉末が封入されたカプセルをケースに埋め込むことで、内部に入り込んだ水蒸気を吸収している。ちなみにドライカプセルの色は、はじめは白で、吸収した水分量が増すにつれて徐々に青く変化していく。水分の浸透レベルを確認するための小窓がもうけられているため、カプセルの交換の時期も一目瞭然である。
さらに、ケース内部に希ガス(アルゴンガス)を充填することで、静電気がもたらす放電腐食なども防いでいる。このArドライテクノロジーを採用するジンの時計には、文字盤に「Ar」のマークがあしらわれている。
ディアパル
ムーブメントに注油されるオイルの劣化を防ぐために、ジンではさまざまな工夫を凝らしているが、その一歩先にある画期的な発明がこちらのディアパル・テクノロジーだ。時計の精度をつかさどる「脱進機」と呼ばれるマイクロパーツに特殊な素材を用いて、部品同士が接触する際の摩耗を軽減。脱進機に関しては、そもそもオイル自体が必要ないという理想の境地に達しているのだ。
マグネチック・フィールド・プロテクション
携帯電話やPCなど、現代にはさまざまな電磁気製品が身の回りにあふれているが、このような機器から発せられる"磁気"の影響を受けると、時計の精度は低下しやすい。
実際にかつてジンが、修理に持ち込まれた時計を調べてみたところ、実に半数以上の時計が磁気を帯びていて、なかには精度に致命的なダメージを受けている時計も見られたという。磁気に対する対処法は、腕時計が誕生した20世紀の前半からすでに考案されていることだが、ジンもこの分野に独自に取り組んでいる。軟磁性材料(簡単に磁気を帯びるが、残留磁気が低い素材)を使用したインナーケースによって、ムーブメント全体を覆うことで、磁界の方向をそらし、磁気がムーブメントに及ばないようにしているのだ。
テギメント・テクノロジー
ステンレススチールの表面を硬化させる技術。時計に使用される一般的なステンレススチールのビッカース硬度が220Hvなのに対して、テギメント・ケースの表面硬度は1,200Hvにもなる。しかも、一般的にステンレススチールの強度を高めると、肝心のサビに対しては弱くなるといわれるが、テギメント加工の場合はサビに対しても強い。なおかつテギメント加工した上から、PVDなどのコーティング処理を行うと、着色コートが剥がれにくいというメリットも得られる。