今は、音楽業界そのものが過渡期
――デビュー10周年ということで、アニバーサリー的な展開はあるのでしょうか?
杉山「4月16日と17日に、ビルボードライブ東京で10周年ライブをやりました。これまでparis matchのレコーディングに参加してくださった様々なミュージシャンが集結して、セットリストも、10年間のベスト的な選曲のライブとなりました。サックス、トロンボーン、トランペットの3管が揃うライブもめったになかったので、かなりプレミアムなライブだったと思います。次は、9枚目のオリジナルアルバムの制作に入る予定です」
――昨年リリースされた「Passion8」は非常に完成度が高いのに、8枚目とは思えないほど、新鮮というか瑞々しい印象がありました。
杉山「そうですね。10年前からのファンの人と一緒に歳を重ねていくだけでは駄目だと思うんですよ。やはり若い人にも聴いていただきたいですしね。デビューの頃は、自分と同じような30歳前後の人たちに『こういう音楽を聴いて欲しい』という気持ちが強かったのですが、現在は同世代だけでなく、若い人に対しても、聴いて欲しいという気持ちが強くなっていますね」
――残念ながら、より多くの人に聴かれるべき良質なROCKやPOPミュージックが、一部の音楽好きな人の趣味になってしまっているという現状があると思うのですが、そういう音楽を聴かない、買わない若い世代に関しては、どんな印象をお持ちですか?
杉山「今は、音楽業界そのものが過渡期なのだと思います。20歳前後の人はパッケージ、CDを買わないでダウンロードがメインになってきていて、アルバム単位では音楽を聴かない。僕らの世代、paris matchのファンの方々は音楽をパッケージで聴きたいという最後の世代だと思うんですよね。このふたつの世代が、見事に分かれてしまっている。だから、将来的には、アルバムという考え方もなくなってしまうのかもしれません。アルバムの曲間だとか、曲と曲を繋ぐような楽曲というトータルの考え方がなくなって、ただダウンロード1曲幾らという感じになってしまうかもしれません。そうなると、アーティストの雰囲気みたいな部分は、出しずらくなってくるかもしれません」
――余り喜ばしい話ではないですね。
杉山「もちろん、アルバムトータルで評価されるようなアーティストでないと長続きできないのですが、アルバムをマーケットが求めていないという部分があります。日本は欧米や韓国に比べると、まだダウンロードよりもパッケージが強い部分はあるのですが、これも時間の問題だと思います。将来的には、POPミュージックは、ただのデジタルコンテンツのひとつになってしまうかもしれません。アナログレコードやCDをステレオの前で聴いていたという僕らの世代の音楽とは、音は同じでも在り方として完全に別なものになってしまうのかもしれませんね」
――音楽の在り方だけでなく、音楽との出逢い方も変容していますよね。
杉山「楽曲にタイアップが付けば、ダウンロードが増えるという現実はあると思いますが、若い世代にとって、ヒットソングを携帯電話やipodにダウンロードするという以外の音楽の入り口が何処にあるのか、難しい問題ではありますね。タワーレコードやHMVに行ってお気に入りのCDを探す、偶然出逢うというような文化がもう今はないですからね。そういう音楽への窓口が何処になるんだろうか、とか思います」
聴き応えのあるアーティストであり続けたい
――乱暴というか、下品な話ですが、こういう状況だと、毎回ベストアルバムのような構成というか、全曲キラーチューンで固めて、みたいな発想に杉山さんがなったりすることはないですか?
杉山「レコード会社の人から『タイアップを取りやすいように』とか、『ラジオでオンエアしやすいように』とか求められて成立するリードトラック的な曲ってあるじゃないですか。僕の場合、そういうリードトラック候補になる楽曲を数曲作った後の曲作りが本当 は好きだったりするので、そういう事はないですね。ダウンロードの時代といっても、アルバム1枚聴いたときに聴き応えのあるアーティストであり続けたいですね。2回目聴かれても、スキップされる曲がないようなアーティストで在りたいです」
――昨年、ヴォーカルのミズノマリさん初のソロアルバムがリリースされました。筒美京平さん、小西康晴さん、キリンジの堀込高樹さん、グレイト3の片寄明人さんなど、豪華なメンバーが楽曲を担当されています。このソロ活動はparis match本隊の活動に、何かフィードバックをもたらしたのでしょうか。
杉山「フィードバックというより、同時期にparis matchのアルバムをレコーディングしていたので、凄いプレッシャーがありました」
――様々なタイプの曲があったのですが、聴かせていただくと、ミズノさんは良い意味でparis matchのミズノさんなんだなあと感じました。
杉山「そうですね。でも、それはアーティストとしてとても大事な事だと思うんですよ。どんなに変わった事をやっても、そうなるっていうのは大切なんですよね。誰が料理しても、どう料理してもミズノマリなんだなっていう部分は、paris matchにとっても大切な事ですね」
――杉山さんは、最近レーベルオーナーとしてプロデュース活動にも力を入れられていますね。
杉山「今、5組のアーティストをプロデュースしています。これまで、自分が良いと感じたアーティストはメジャーレーベルに紹介していました。でも、メジャーレーベルも、なかなか新人を育成するような体力がないので、自分でやろうかと思ったんです。僕のところで何らかの結果を作って、若いアーティストの第一歩に繋げてあげたいですね」
――単に志だけでは、なかなか出来ない大変な事だと思います。
杉山「そうですね。企画モノというか瞬間風速の強いものはメジャーレーベルもやりたがるのですが、やはり新人には厳しい現状があります。それこそ昔の佐野元春さんや山下達郎さんのように、才能ある新人アーティストが売れるまで、レコード会社が何年もかけて育てるみたいな図式が今の時代は成立しません。仮にリリース出来ても、『これ、この半期でどれだけ売れるの?』みたいな感じなので、しっかり育てるというような事は、大変でも僕らがしなければならないかもと思っています」
※次回インタビューでは、杉山氏がレコーディング作業にペンタブレットを活用する
撮影:石井健